この作品に登場する人物のうち、人殺しでありながら、ラー・ラム・デラルやクリップや、ニッケルのことは理解できる。そして好きにもなれる。そういう風に描かれている。
そういう作品ではあるけれど、その中で、一人だけ理解を拒み、かつすきになれないキャラクターとして描かれているキャラクターがいる。
盗賊の娘である「バイエ」である。このキャラは人間でありながら、人間であるときからすでに人類にとっての的である「妖」の性質を持っている存在として登場する。
サイコパス
この人物は今で言えば「サイコパス」と呼んで嫌われる存在である。
ずば抜けて頭が良いが、それを他人のために役立てることはしない。何の罪悪感も持たずに家族を殺し、身内を蹴落とし、自分の体を汚すことにも何の抵抗もない。
他人から見ると悪いことしかしていないから、内面も極悪人であるように見える。それでいて父親が有名な盗賊の親方だから誰も文句を言えない。みんな遠巻きに避けて、影で悪口を言うだけであった。
そんな彼女は、一人だけ他人を助けたことがある。しかも、大人ですら助けるのが困難と見捨てるような状況で、子供なのに傷だらけになりながらである。
その理由は極めてシンプルで
ただそれだけ。これだけでバイエは自分の危険を顧みずに人を助けた。
それまで、他の人はバイエがそういうことをできる人間だとは思っていなかった。みんなバイエを恐れ、距離を取るだけであった。
彼女は彼女のルールに従って行動しているのであり、そのルールが歪みすぎていて他の人間には到底理解できないのだ。
そうはいっても、彼女にとっての当たり前は他の人にとっての悪である。普通の人間なら痛い目にあって修正していくものなのだが、彼女は痛みそのものを認識できず、また能力がずば抜けていたため軌道修正をする機会はなかった。
バイエに助けられた人間は、バイエが悪いことばかりしている人間であることはわかったが、それでも嫌いになることはできなかった。
バイエがやってることが悪だってのはわかってるんだ。
でもどうしても、まるっきりバイエが悪いって思えないんだ。バイエはわからないんだもの。痛いとか苦しいとかそういうものが。俺が呪文をいくら勉強してもおぼえられないように、そういったことを覚える感覚もないみたいだし。
……バイエを嫌いになれないから、ツライなぁ……
バイエはね、華よりも宝石のほうが綺麗だっていうんだ。
「花は枯れて汚くなる」って。痛みや苦しみがわからない彼女にとっては、汚くなるってことが、この世で最も恐ろしいってことみたいだ……
結局彼女は誰からも愛されず、嫌われ続け、自分にとっては世の中はそういうものだと受け止めながら死ぬまで進み続ける。
そんな彼女を見て、育ちの良い常識人であるサデュースは「この世でいちばん計り難い人間だ」と言うが、一方で、バイエと同じように迫害され続け、人殺しをするに至ったクリップは逆の感想を抱く。
そうかな。実にわかりやすいガキじゃないか。
そいつは空っぽなんだ。
腹の中が穴だらけで、なんにもつかめずに全部通り抜けてゆく。
だから俺みたいな人間のそばに来たいんだ。
向こうもきっとこっちのことをわかりやすいって思うんだろうな。
彼女にとって正しいのは、「人は自分を嫌っているから、自分を人を嫌う。嫌な人間は殺したり排除したりして自分が綺麗で居続けること」それだけが人生の目的でありルールだった。
彼女にとって嫌な人間でなければ親切にするしたとえ相手が自分を敵視していても、自分が約束したことは守る。ルールがシンプルすぎていて、他人の事情を考慮しない。そういう性質だった。
そのはずだった。
こんな人間でも、とある事件でその絶対のルールは壊れ、そこからほころびが生じてしまう。 彼女は、痛みや悲しみを認識する機能を持っていなかったから死ぬまで認識することはなかったが、もしここで痛みや悲しみを知ることができたら何かは変わっていたかもしれない。
理解も出来ないし好きにもなれないけれど、それでも彼女の死に様はかなり印象的である。