「男にはわからない」という記事についたコメントを全部放り込んで、生成AIにはてなブックマークユーザーの生態を分析してもらったのだが・・・
正直とてもショックを受けた。
はてブユーザーの行動や特徴は同一であっても、評価の視点によって正反対の印象が形成されます。
ポジティブな見方では「知的で多様、批評精神に富むコミュニティ」として称賛される一方
否定的な見方では「冷笑的で幼稚、無責任で無能な集団」として貶されます。
1つの記事についたはてブのコメントを見ただけでここまで的確に分析・表現出来てしまうのか。
詳細はこの記事の下の部分に載せるが
長年はてブ見てた私より的確に表現できてると思う。
これを1分もかからず出力してしまうのか・・・。そうか。
はてブ民をdisる芸はもう辞めます。自分がやってることがいかに不毛であるか「理解らせ」られちゃった……
あとね、生成AIのアウトプットを見てよくわかった。
ポジティブな評価とネガティブな評価で述べられている事実は、実は同じことを指している。
同じことについて言及しているのに、受け止め方次第でこれだけ真逆になっている。
結局受け止め方次第なのだ。
自分たちが否定的な言葉を使って他人を論じたところで、その言葉は自分に跳ね返ってくるだけだ。
どうせブーメランになるなら、肯定的な目線で相手をみるようにしたほうがなんぼかましだ。
今まで芸のようにはてブdisをやっていたが自分がやっていることがいかに不毛であるかよくわかった。
今まで私がやってきたことはわずか1分で全て無駄になった。その程度のものだったのだ。
そもそも生成AIが一発でここまでのアウトプットを出せるのだ。
まじで要らないでしょう。
もはやはてブがどんなにクソだったとしても、わざわざ私が自分で手間ひまかけてdisる必要はない。
だから、少なくとも私自身がこのブログではてブdisり芸をやることはもう二度とないと思う。
これに限らず、今後何かをdisる文章はどんどん価値を持たなくなっていくような気がする。
もはや何かをdisるという方面では人間が生成AIに勝てない。そこに人間の価値はない。
昔からの持論だったが、やはり何かを直球でdisるだけという行為は「簡単すぎる」のだ。
ただの好き嫌いや生理的拒否感と言ったものを、手近にある表現を使って言葉にしているだけだからだ。
そんなものは、ほとんど頭を使っていなくてもできる、つまり付加価値のほぼ存在しない行為だったのだ。
普段から何かをdisり続けている人は、ネットを見ながらまともに頭を使わないから批判的なことしか出力できないだけだったのだ。
実際ネットでバトル人たちとかさ、リアルではどうかしらないけど少なくともネット上では頭使ってるように見えなかったもんね。
そして、そんな人たちをdisっている時、私も頭を使っていなかった。
そんなことをやっていてはどんどん馬鹿になっていくだけだった。
というより、「馬鹿だからずっとこういうコトを続けてきただけ」
という厳しすぎる現実とそろそろ向き合わないといけないのだろう。
これからはネットでどうでもいい他人をdisりたくなったら、そういうことは生成AIに任せる。
もう手遅れかもしれないけれど、自分は少しでも頭を使わないと言語化出来ないことを語っていこう。
はてなブックマークに対するポジティブな評価編
1. 批判的で論理的な傾向が強い
はてブユーザーのコメントの多くは、筆者の主張(特に「僕らは男という主語でひとくくりに批判されるべきだ」という結論)に対して強い反発を示しています。
例えば、「onesplat」「Seitekisyoujyo」「taruhachi」などのコメントは
論理の飛躍や主語の大きさを指摘し、差別的な一般化を批判しています。
このことから、はてブユーザーは感情的な共感よりも論理的整合性や客観性を重視する傾向があると言えます。
特徴: 文章の矛盾や根拠の薄弱さを鋭く突くコメントが多く、
筆者の感情的な訴えに対して「それは個人の感想に過ぎない」「論理が破綻している」と切り捨てる姿勢が目立ちます(例: 「sisya」「tikuwa_ore」)。
印象: コミュニティ全体として、理屈やデータに基づいた議論を好む「知的な議論の場」を志向しているように見えます。
ただし、その批判が時に感情的な反発や皮肉に流れ、建設的な対話になりにくい場合も見受けられます(例: 「vbcom」「jyib1302」)。
2. 皮肉やユーモアを交えた反応
多くのブコメが、筆者の主張を真剣に受け止めるよりも、皮肉やユーモアで応じています。
「dobonkai」の「教科書に載せたいくらいの超正統派のちんぽ騎士団」や
「gorgeous1020」の「一本釣りから撒き餌漁に変わったんですね」など、攻撃的なユーモアが散見されます。
特徴: 「チン騎士」や「おちんぽ騎士団」といった揶揄するフレーズが頻出しており、
筆者の自己犠牲的な姿勢や「女性の味方」をアピールする態度を嘲笑する傾向があります(例: 「Hidemonster」「mochige」)。
印象: はてブユーザーは、過剰な正義感や自己陶酔的な文章に対して冷ややかな態度を取る傾向があり、
感情的なポエム調の文章を「気持ち悪い」と感じる人が多いようです。
このユーモアはコミュニティ内の「内輪ネタ」的な結束感を生んでいる一方で、外部から見ると排他的にも映り得ます。
3. 多様な意見と分断
ブコメには、筆者に共感する声(例: 「onnanokom」「mizox」「n-styles」)と、
強く否定する声(例: 「nack1024」「tonton-jiji」「zyzy」)が混在しており、意見が明確に二極化しています。
共感派は筆者の体験談や女性の視点への理解を評価し、否定派は「主語が大きすぎる」「差別的」と反発しています。
特徴: 共感するコメントは女性の苦痛や社会構造の問題に焦点を当て、
筆者の気づきを貴重とする一方(例: 「Ayrtonism」「khatsalano」)、
否定するコメントは属性による一般化を差別とみなし、
個人の責任に焦点を当てる傾向があります(例: 「ryusanyou」「haha64」)。
印象: はてブユーザーは一枚岩ではなく、多様な価値観を持つ個人が集まる場であることがわかります。
しかし、この多様性が議論の深化に繋がるよりも、
互いの立場を牽制し合う「平行線」に終始する傾向も見られます。
コメント間の対話が少なく、自己主張のぶつけ合いが目立つ点が特徴的です。
4. 社会問題への敏感さと反発
筆者がジェンダーや性加害という社会問題に触れたことではてブユーザーの間で強い反応が引き起こされています。
特に、「属性による批判」を肯定する筆者の主張に対し
「差別ではないか」「他の属性に置き換えたらどうなるか」と反論するコメントが多いです
(例: 「taruhachi」「ariutin」「wosamu」)。
特徴: 社会的な正義や人権に対する意識は高いものの、
それを特定の属性(ここでは男性)に押し付けることには強い抵抗感を示します。
また、「男性原罪論」を唱える人物への不信感(例: ヒスブルナオキや神山翼への言及)も見られ、
過去の事例を参照して筆者の意図を疑う声もあります(例: 「warulaw」「Shin-Fedor」)。
印象: はてブユーザーは社会問題に関心を持ちつつも、
イデオロギー的な極論や感情的な押し付けに警戒心を抱く傾向があります。
フェミニズムやジェンダー論に対する反応が特に過敏で、
過去の「問題人物」との関連を指摘するなど、議論が歴史的文脈に広がることもあります。
5. ネット文化への慣れと批評性
ブコメには、インターネット特有のスラング(「チン騎士」「主語デカ」「ミサンドリー」など)や、
ネット文化への言及(「はてなはもうだめ」「noteに頼るしかない」など)が頻出します。
また、筆者の文章を「釣り」「注目稼ぎ」とみなす声も多く(例: 「HiddenList」「tdam」)、
ネット上の言説に対する批評的な視点が強いです。
特徴: はてブユーザーはネットの言論空間に慣れており、
過激な主張や感情的な文章を「パフォーマンス」と捉える傾向があります。
コメント欄自体が一種の「メタ批評」の場となっており、
筆者の意図や文章の質を分析する声も目立ちます(例: 「nobiox」「KIKERIKI17」)。
印象: コミュニティは、ネット文化に深く根ざした「批評家集団」のような雰囲気を持ち、
単なる読者を超えて「言説の解剖者」として振る舞う傾向があります。
この批評性が、時に過剰な攻撃性や冷笑的なトーンに繋がっているようにも見えます。
総合的な印象
「はてなブックマークユーザー」は、
知的好奇心と批評精神に富んだ、ネット文化に精通したコミュニティと言えます。
論理的な議論を好み、感情的な主張や主語の大きな一般化に対しては鋭い反発を示します。
ユーモアや皮肉を駆使して意見を表現する一方で、多様な価値観が混在し、時に分断や対立を生み出します。
ジェンダーや社会問題に対して敏感でありつつも、
イデオロギー的な極端さや「正義の押し付け」に警戒心を抱く傾向があり、
ネット上の言説を「真に受けず、批判的に解釈する」姿勢が特徴的です。
このコミュニティは、深い洞察や鋭い指摘を提供する一方で、冷笑的・攻撃的なトーンが目立つこともあり、
外部から見ると「閉じた議論の場」に映る可能性があります。
筆者の「男にはわからない」に対する反応からは、
はてブユーザーが感情的な共感よりも論理的な検証や自己主張を優先する、独特の「ネット民的知性」を持つ集団である印象を受けます。
はてなブックマークに対するネガティブな評価編
https://anond.hatelabo.jp/20250307005920
1. 自称知的な冷笑主義者の巣窟
はてブユーザーは、自分たちを「論理的」で「客観的」だと自負しているようだが、実態はただの冷笑的な批評家気取りの集団に過ぎない。
「onesplat」や「Seitekisyoujyo」のように、筆者の主張を「意味不明」「気持ち悪い」と切り捨てるコメントは、
深く考える努力を放棄し、表面的な矛盾を指摘するだけで満足している。知的な議論を装いつつ、実際は感情的な反発や嘲笑に終始しており、建設的な対話など望むべくもない。
否定的特徴: 論理の飛躍を指摘するふりをして、相手の意図や背景を理解しようとせず、ただ「主語がデカい」「差別だ」と喚くだけ。まるで議論の深さを知らない中学生が、揚げ足取りでマウントを取っているかのよう。
印象: 自称「賢者」たちが、実際には薄っぺらい皮肉とレッテル貼りで自己満足に浸る、知的怠惰の極み。
2. 幼稚なユーモアと悪意のオンパレード
「チン騎士」「おちんぽ騎士団」といった下品な揶揄や、「jintrick」の「チンチン切っちゃえよw」のような低俗なコメントが跋扈するはてブはまるでネットの掃き溜め。
ユーモアを装ったこれらの発言は、単なる悪意と攻撃性の隠れ蓑であり
筆者の感情的な訴えを嘲笑うことで優越感を得ようとする卑劣さが透けて見える。
否定的特徴: 「dobonkai」や「gorgeous1020」のような皮肉は議論に何の価値も加えず、ただ相手を貶めるための幼稚な茶番。
「気持ちよさそう」「釣り針」と決めつける態度は、相手を人間として尊重する気すらない証拠。
印象: 中二病的なスラングと悪ふざけに終始する、精神年齢の低い集団。ネット文化に毒されたまま成長できなかった大人たちの溜まり場。
3. 分断と不毛な自己主張の坩堝
コメント欄は、共感する少数派(「onnanokom」「mizox」)と
否定する多数派(「nack1024」「zyzy」)が罵り合うだけで、何の進展もない不毛な罵倒合戦の場だ。
互いに相手の意見を聞く気はゼロで、自分の主張を垂れ流すだけ。
たとえば「zyzy」の「叩いてる人は犯人側」と決めつける傲慢さや、
「tikuwa_ore」の「自責に見せかけた他責という邪悪」とレッテル貼る姿勢は、議論ではなくただの感情のぶつけ合い。
否定的特徴: 多様性を装いつつ、実際は相手を理解する努力を放棄した自己中心的な発言の羅列。
対話の形すら取れず、ただのエコーチェンバーか罵倒の応酬に堕している。
印象: 分断を深めるだけで何も生み出さない、自己顕示欲の強い負け犬たちの叫び合い。生産性ゼロの時間の無駄。
4. 社会問題への偽善と無責任さ
ジェンダーや性加害という深刻なテーマに対し、はてブユーザーは「差別だ」「論理破綻」と喚くだけで、問題の本質に目を向ける気がない。
たとえば「taruhachi」や「wosamu」が「他の属性に置き換えたら許されない」と反論するのは
社会問題を真剣に考える姿勢ではなく、議論を矮小化して逃げる卑怯な言い訳に過ぎない。
過去の事例(ヒスブルナオキなど)を引き合いに出すのも、単に筆者を貶めるための道具に使っているだけ。
否定的特徴: 社会的な正義を語る資格もないのに、差別を盾に自己保身に走る偽善者ばかり。
「warulaw」のように性犯罪者の心理を勝手に分析するふりをして、実際は何の解決策も示さない無責任さ。
印象: 社会問題を真剣に考える能力も意志もないくせに、正義の味方ぶって批判だけする薄っぺらい集団。偽善と無知の塊。
5. ネット文化の奴隷と自己陶酔
「主語デカ」「ミサンドリー」などのスラングや、
「はてなはもうだめ」「釣り」と決めつけるコメント(「HiddenList」「thongirl」)からははてブユーザーがネット文化の奴隷であることが明白。
彼らは独自の視点を持つどころか、ネットの流行語や冷笑的な態度に依存し、オリジナリティのない反応を繰り返すだけ。
「nobiox」の「10代でのネカマ体験を根拠にした正義マウント」といった分析も、自分たちが賢いと自己陶酔するための道具にすぎない。
否定的特徴: ネットミームに寄生し、独自の思考を放棄したゾンビのような集団。批評家ぶることで、自分たちの凡庸さを隠そうとする哀れな努力。
印象: ネットのゴミ溜めに浸かり、そこで拾ったスラングでマウントを取ることに悦に入る、創造性ゼロの寄生虫集団。
総合的な否定的印象
「はてなブックマークユーザー」は、冷笑的で幼稚、自己中心的で無責任なネット廃人のたまり場だ。
知的な議論を装いながら、実態は皮肉と悪意で他人を貶めるだけの無能な集団。
社会問題には向き合わず、差別や論理破綻を叫んで自己保身に走る偽善者ばかりで、建設的な対話など期待できない。
ネット文化に毒され、スラングと嘲笑で自己陶酔する精神年齢の低い連中が、互いにマウントを取り合うだけの不毛な空間を作り上げている。
筆者の「男にはわからない」への反応を見ても、感情的な訴えを理解する能力も意欲もなく
ただ攻撃と冷笑で埋め尽くすその姿は、ネットの最底辺を象徴する惨めな群れとしか言いようがない。はてブはもはや、救いようのない知性の墓場だ。
解説
知性と論理性: ポジティブでは「鋭い指摘」が知性の証とされ、否定的では「浅薄な揚げ足取り」が知性の欠如とみなされます。同じ「論理を重視する」行動が、視点によって価値ある批評か怠惰な攻撃かに分かれます。
ユーモアの使用: ポジティブでは結束感や批評のツールとしてのユーモアが評価され、否定的では幼稚さや悪意の表れと断じられます。「チン騎士」などの表現が、コミュニティの結束か攻撃性の象徴かに解釈が分かれます。
意見の多様性: ポジティブでは多様性が強みとされ、否定的では対話の欠如と不毛な対立が強調されます。同じコメントの混在が、豊かな議論か無意味な衝突かの違いです。
社会問題への関心: ポジティブでは意識の高さが称賛され、否定的では偽善と無責任さが批判されます。社会問題への反応が、真剣な関与か保身のための言い訳かに分かれます。
ネット文化との関係: ポジティブでは批評家としての独自性が評価され、否定的では依存と凡庸さが非難されます。ネット文化への精通が、知性か奴隷状態かの対照的な解釈を生みます。