10日が勝負です。 はたして何割生き残れるかな。
12月11日までお休みです
フルマラソン初挑戦なんとか完走できました
奈良マラソン、フルマラソン初挑戦でしたが、なんとか完走しました!
ダイエットを行うに当たってそれだけではつまらないということで目標に掲げたマラソン完走でしたが、とりあえず三ヶ月の練習の結果、完走という目標は達成することができました。
完走した感想ですが、反省点は多いです。目標タイムについて、最低限のタイム目標は達成しましたがターゲット目標は達成できませんでしたし。それでも無事やり切れた時の達成感は素晴らしいものでした。走ってる間の99%は本当に誇張なくただツライだけだし、なんでこんなことやってるんだろうと自分の判断を呪いながら走っていたのですが、完走した時の喜びはこの苦しみをチャラにして余りある、なかなか他で味わうことが難しいものです。途中感極まって涙が出るシーンもありました。本当に久しぶりに自分で自分をほめてあげたいきもち。
ダイエット目標はまだ未達なので、そちらが完遂するまでにまた挑戦するかもしれません。
とりあえず今日は報告だけ。やったぜ
もうやだ日本の株式市場
ライザップとか串カツ田中もたいがいだったけどこれはまだ許せるとして、
コシダカみたいに企業内部に問題ありまくるところとか、グッドコムアセットみたいなクソギャンブル企業を買うなよ、、、ひふみが買ってるからって大塚家具やコシダカがこの後まともな成長をするシナリオなんてどこにあるんだよ、、、
ひふみもでかくなりすぎて最近グレー化してきてるし市場のモラル崩壊しすぎにもほどがあってさすがに嫌気がさしてきた。
なんかアメリカ株投資に向かう人が増える気持ちわかるような気がしてきた。
はてなブログでアメリカ株投資の話ししてる人はよくわかってなさそうなクズアフィカスばっかりであてにならないのが多いけど、ちゃんと長期的に成長期待が持てる企業に投資したい人間はやはりそっちに向いちゃうのかもしれない。
とはいえ、今はアメリカの方が日本よりやばいので、今アメリカ株投資を積極的に煽ってるやつは絶対に信用しない方がいいけどね。
次に暴落きた時に備えてアメリカ株投資できる準備はしておこう。情報源を発掘しておかねば。
「メサイアコンプレックス」 病んでいる時に他の人を救おうとするのは非常にリスクが高い
「お前が言うな」「お前のことだろう」と言われそうですが紹介しておきますね。
本来は人を援助するその源として、まず自らが充足した状況になることが必要であるが、この考えは原因と結果を逆転させている。
そうした動機による行動は自己満足であり、相手に対して必ずしも良い印象を与えない。また相手がその援助に対し色々と言うと不機嫌になる事もある。しかもその結果が必ずしも思い通りにならなかった場合、異常にそれにこだわったり逆に簡単に諦めてしまう事も特徴的である
「はてなのために」とか「◯◯さんのために」みたいなことが口癖になってる人はかなり危ないです。「劣等コンプレックス」との組み合わせは致命的なので、なんとか避けたいところ。
問題なのは承認欲求でも劣等感でも無く「劣等コンプレックス」 - この夜が明けるまであと百万の祈り]
記事はここで終わり。後は余談となります
「パンプキン・シザース」というのがありますがこの作品の第一話が私は本当に好きです。
患者は医者に自分と同じ病気にかかってほしいと思うでしょうか。
彼らは痛みや苦しみをわかってほしいわけじゃない。
仲良しこよしになりたいわけじゃない。
望むことはただ一つ。救ってほしい、それだけです!ちょっと……寂しい考えですけど。
辛い境遇にいる人は、同じく辛い境遇にいる人の気持がよくわかるし、自分の気持ちや境遇をそのまま語れば共感は示せるでしょう。
ネットではそういう人たちが群れて慰めあってる光景をよく見ます。
こういうことを言うと人でなしに思われるかもしれないけれど、私はそういうのにあんまり意味を感じない。
私は心が弱いから、そういうものを「アリ」にしてしまうとそっちに依存してしまうからむしろ積極的に忌避しています。
当事者が書いているからといって、発達障害に関してでたらめな記事を書いてるやつはクソだし
貧乏で貧しくてそれでも人助けをしようと考える善意の人が書いているからと言って、金融関係でいい加減なことやってたらやっぱりそれは悪です。
性格がひどい人間でも、正しい知識や専門性を持って情報を発信してる人を尊敬します。
繰り返しになりますが、他人からすれば「それができるかどうか」「自分の助けになるかどうか」という能力がまず大事です。
病んでる人が、同じく病で苦しんでる人のためにやってる、みたいなストーリーの部分は、能力やリソースが認められた後の話です。
これを勘違いしては絶対にいけない。
人助けは「事業」みたいなものです。
頑張れば上手く行かなくても許されるものではなく、無理だからと言って途中で投げ出していいものでもない。そのことを理解してない人は無責任です。
十分な溜めが無い内から口だけ偉そうなことを言って、ニ・三記事だけそれっぽいことを書いてすぐいなくなるやつは何もしないやつより悪い最悪の人間だと私は考えます。
そして、病んでいる人、病んでしまう人というのは、こういうことをやってしまう人が非常に多いです。
理想が高く、その理想に対して現実が及んでいないことについて不満を持ったり、拒否されると裏切られたと感じて他人を責めたり、誰も悪くないのに自分を責めたりしてしまう。
私自身もそういうところが多分にあった人間だから反省を込めていいますが、こういう考え方は誰も幸せにしません。みんな不幸にします。
まずは自分で自分を支えられるだけの力がない人が他人を助けようとするのは、傲慢です。
「自分がそうしたくなくてもそうしなければならない」ことが多いなか、自分が苦しいのに他人のことを助けようとするのは美しいことかもしれません。
でも、まずは自分を救って欲しい。自分をないがしろにしている人は誰も大切に出来ないと思う。
自分が辛い時にまず最初にやることは、他人より自分を大切にすることだと思います。
とはいえ、あんまり割り切りすぎると、生きていく気力そのものが無くなるので、自分が可能な範囲で人助けをしながら、自分の能力やリソースを高めていくしかないと思う。
いじめはもっともお手軽なエンターテインメントである
とてもいい記事だった。
「いじめは楽しい」だから笑顔で行われる。
もういじめについてはいろいろ書いてきたので今改めて書くことは無いけれど、過去記事を振り返ってみる。
「いじめ」の他「ハラスメント」についても20記事くらい書いてるので興味有る方は検索してみてください。
いじめ裁判 自殺した生徒の口に死んだ蜂は「エンターテインメント」、謝罪もなし|MBS 関西のニュース
いじめに関わったとされる元同級生は男子生徒について「いじられキャラだった」と述べ、死んだ蜂を口に入れようとした行為については「エンターテインメントを求めていた」と話しました。
「聲の形」1巻 改めて「いじめっ子」をストレートに描いたところが衝撃的だった - この夜が明けるまであと百万の祈り
俺が一番知りたいことはどうすれば退屈でなくなるかだ。そして俺はその退屈に毎日わずかに勝利してきた。
どこまで彼女は我慢するのか。このまま続けたら西宮はどうなるのだろうか。西宮をいじめるとクラスは笑う。先生までも笑った。コレだ。コレが西宮の正しい使い方なんだと将也は思った。
硝子をいじめればいじめるほどクラスメートは笑ってくれる。何度も補聴器を奪っては破壊し、いじめたおした。なんという充実感。将也は満足感すら覚えていた。
「煉獄のカルマ」CASE1 いじめっ子の主張に反論できるか - この夜が明けるまであと百万の祈り
仕返しが怖いとか、親に心配かけたくないから相談しないとか、やり返したら相手と同レベルになるから嫌だとか他人を傷つけることは犯罪だとか。そんな詭弁が自分を守れるわけないんだからさ!
嫌なら、その場で抗わなきゃ!
「いじめはなくせると思いますか?」 ムリダナ(・×・) と思ってしまうマンガ「傷だらけの悪魔」 - この夜が明けるまであと百万の祈り
すこしでも弱い者を死に近い位置へ押しやるのである。ここでは加害者と被害者の位置が、みじかい時間のあいだにすさまじく入り乱れる。加害と被害の同在という現実。加害と被害が対置される場では、被害者は<集団としての存在>でしかない。被害においてついに自立することのないものの連帯。連帯において被害を平均化しようとする衝動。被害の名における加害的発想。集団であるゆえに、被害者は潜在的に攻撃的であり、加害的であるだろう。しかし加害の側へ押しやられる者は、加害において単独となる危機にたえまなくさらされているのである。
「加害の側へ押しやられる」という表現にみられる感覚。加害者だって、他の空間であればいじめをやらなかったかもしれないわけで、この空間の圧力について考えないといけない。いじめを「いじめられっ子」と「いじめっ子」の対立と見ている限りは多分何も解決できない。
いじめに対する処方箋は「集団のレベルが上がること」以外にないと思う。ということでおすすめ本2冊紹介
私がいじめ問題についていつも述べているのは「コールバーグの道徳発達理論」です。ブログずっと読んでくれてる方ならまたか、と思われるかもしれないけど過去記事のまとめなので。
第一段階 罰と服従への志向
第二段階 道具主義的な相対主義志向
第三段階 対人的同調、あるいは「よいこ」志向
第四段階 「法と秩序」志向
第五段階 社会契約的な法律志向
第六段階 普遍的な倫理的原理の志向
集団のレベルが2以下だといじめはほぼ不可避。ちょっとでも集団の運営がうまく行かなくなれば、道具としていじめが用いられる。そういう組織にいたら消耗するだけ。
ではそのレベルをどうやって引き上げるかという話だけれど、実例はこの本にかかれている。
マインドセット「やればできる! 」の研究 | ||||
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この本はタイトルだけ見るとうさんくさい自己啓発っぽく見えるけれど、実際は「学校教育」の現場における実践を理論とともに紹介する本であり、ノンフィクションとして面白い。ドゥエック博士という名前を知ってる人ならすでに読んでるはず。「マインドセット」という言葉の生みの親で、「成果を褒めるか、行動を褒めるかでその後の行動が変わる」という有名な話もこの人からスタートしている。
米海軍で屈指の潜水艦艦長による「最強組織」の作り方 | ||||
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この本もそう。ビジネス著書を書くプロが書いた理論の本は全く興味ないけれど、実際のプロフェッショナルが自分の体験を語った本というのは、ただの理論屋にはわからない困難とそれをどう克服していったかという具体的な部分が書かれているのでそこが本当に面白いです。
我々はヨッピーさんやはあちゅうさんをセクハラ撲滅のためどう活用すべきか
「女にむかって下品なことの一つも言えないやつはモテないぞ」みたいなことをいう上司って今でもいるのかな。
少なくとも私の場合、最初の会社に入った時にそういうことを言う上司はいました。
んで、飲み会の時にそれを自分で言うのではなく「良かれと思って」新人である私達に強要してくる。
私はそういうの何が楽しのかさっぱりわからないので断りましたが「ノリが悪い」「お前とは話が合わない」という感じでその後冷遇されましたね。
あの場においては、女性に向かって「ヤリ◯ン」みたいなのを挨拶感覚で言える人が偉くてそうでないやつは「使えないやつ」「出世できないやつ」「だからモテないんだよ」っていう扱いだったのでしょう。
「悪いと思うが、みんなやってるから」という感覚の人すらほとんどいない。「女に対して下品なことをいうことが正しくて、むしろそれを言わないやつは礼儀がなってない」くらいのノリでした。「そのくらい受け流せない女性は使えない」みたいな扱いも当たり前になっており、女性もその点慣れたもので女性の側からも「シモネタの一つも許容できない男はつまらない」という雰囲気だったように思います。
ずっとそういうノリでやってきたような人が多いんじゃないのかな。飲み会では好きなAV女優やら好きなグラビアアイドルを発表し合ったり職場の女性で誰が良いかをランク付けさせようとしたりというのが当たり前でした。
普段セクハラ・パワハラ当たり前の空気で飲み会やって、楽しいわけ無いだろ・・・。一方、社内勉強会など、立場が対等で目的を共有している人たちの間ではこういうつまらない話はなかったし飲み会も楽しかった。あくまで腐ってたのは会社ではなく私の所属した部署だったわけですが、自分の意思で部署変更出来ない以上、暫くの間地獄のような日々でしたし、部署が腐ってる状態でやる飲みニケーションはもはや企業犯罪だと思います。
私がこのブログでいじめやハラスメントについてgdgd書き続けているのはこういう「下品=正義」「セクハラ=推奨」みたいな文化が死ぬほど嫌いだったからです。
「そういう下品なことを言い合うのが当たり前」の波に乗ってはしゃいできた人が、今更賢者ぶってるのを見るとチャンチャラおかしい
今ごろになって、広告業界がセクハラ云々で騒ぎになってますが、そんなの、みんな「知ってた」って感じですよね。
ということを考えるとヨッピーさんのこの発言、どんだけ間抜けかという話です。青二才と同レベルの浅はかさ。
電通のコメントなんかは残念極まりないし猛省して今後の対応をすべきだけど、電通とか広告業界関係なしにこういう話ってあちこちにゴロゴロ転がっているので、「これだから電通は~」みたいに電通をスケープゴートにして叩くのは少し違うんじゃないかなーと思った
— ヨッピー (@yoppymodel) 2017年12月17日
『「電通が悪い」で済ませて良い問題じゃない』みたいな事呟いたら「セクハラ擁護してる」とかそういうブコメがついてて心底うんざりしてるんだけど、「電通が悪い」「広告業界が悪い」って問題の矮小化でしかない。日本社会全体に同じような話はゴロゴロあるのに。https://t.co/A9vKIRvBtJ
— ヨッピー (@yoppymodel) 2017年12月17日
この発言、あまりにも人を馬鹿にしすぎだと思う。
その後のブログ記事も、「文句言うなら誰も告発なんかしないぞ」みたいなこと言ってるけど、なんでヨッピーさんは、こんなに高圧的なんだろう。で、ヨッピーさんは多分そのことに全く自覚がない。正しいことをしてるのになんでみんな足を引っ張るんだ、くらいに考えてるのではないか。自分がやってることは正しくて楽しくて、面白がらないやつは理解できない奴はバカ、くらいの思い上がりを感じる。のびのび育った人の思考だなあと思う。
被害妄想と一笑のもとに切り捨てられることを前提に醜いことを書くが、うまいこといかない続きの中でなんとかやりくりしながら生きのびてる私としては、こう言うことを平気で書けること自体に強い傲慢さを感じ取ってしまう。セクハラ云々以前のレベルで、生理的に気に入らない。
みんな「他にもゴロゴロしている」ことなんて分かってるんだよ。広告業界どころか、自分の会社のセクハラやパワハラに日々うんざりしているんですよ。でも、どうせ今回も電通か、まぁ近くの広告業界にちょっと延焼してすぐ鎮火されると思って諦めてるの。 むしろそうやって「全体に広げようとするとかえって薄くなる」のがわかってるから、せめて岸なんちゃらの首級をあげて一罰百戒にしようと割り切ってるのに、後から出てきて流れを仕切ろうとしているヨッピーさんの態度はどうみても「いけすかない」よね。
いまさらそんな誰もがわかってる理念を訳知り顔で語るくらいなら、どうすれば一人の話で沈下しないですむかのアイデアくらい出せっていいたくなる。いやほんとに上の発言、「電通擁護」みたいな誤読をしなくても「人を馬鹿にしすぎ」という意味ですごい腹が立つ。。。立たない?。
まして、ヨッピーさんはどちらというと、「セクハラ発言上等」でいままでやってきた側の人間ですよね
あと、普段から女性に「君はヤリマンっぽい顔をしているね?」とか言いますからね……。自戒しなくては……。 https://t.co/rnWVDsefk7
— ヨッピー (@yoppymodel) 2017年12月18日
from:yoppymodel ヤリマン - Twitter Search
本人が堂々と公言している童貞、ヤリマンをコミュニケーションネタとしていじることや下ネタとセクハラは違うと思うんですけどねー。明るく楽しく笑えるものが自粛になるのは嫌だなー...。 https://t.co/wukTmTEi7K
— はあちゅう (@ha_chu) 2017年12月18日
「文脈を読まずに批判するなっ」て擁護してる人多いけど少なくとも今までそういうセクハラ発言を許容する側であった点について擁護の余地無いよね。今までその流れに乗っかっておいて、なにを今更って感じですが。
というか、ヨッピーさんは、倫理的な面で今回の問題について触れてるわけじゃなくて「流れに乗るなら今のうち」ですよね。今までその流れに逆らうでもなくむしろ積極的に乗っかって今は流れが変わったからその流れに乗ろうとしているだけですよね。神戸製鋼から始まった「品質不正、いうなら今のうちキャンペーン」と完全に同じですね。
要するに、ヨッピーやはあちゅうも、私から見れば岸さんほどひどくないというだけで、同じタイプの人間です。絶対に何かしらいじめやいじりをやっているし、嫌がる人の訴えも無視してきたたぐいの人種に見えてます
そういう人たちが、なんか正義の味方のような扱いを受けてるのを見ると、もうギャグにしか見えませんがまあそういうもんなんでしょう。
こういうのばかり見ていると日本では「まっとうに罪を告発して、しかるべき償いを負わせる」ことが出来ないという感覚に陥ります。だからみんなで赤信号を渡り、どこかで誰かがババを掴んだら、いままで一緒にやってきてた人間が、ババをひいた人間を全力で殴る形でいっせいに手のひらを返す。そういうことなんでしょうか。むしろ今まで罪を犯していた人間が、真っ先に内部から告発すれば聖人のように扱われる流れは、セイレムの魔女裁判を思い出しますね。。ヨッピーやはあちゅうは現代のティテュバですか。アビゲイル・ウィリアムズですか。SAN値下がるわー。
私たちはヨッピーさんやはあちゅうさんをどのように「利用」するかを考えればいい
ご覧の通り、ヨッピーさんは何が正しいかより、いまはどういう流れが来ているか、に対して忠実。実に優秀な波読み屋さんだなと思います。「記事広告」や「PCデポ」問題では流れの先頭を確保したものの、「PR表記問題」については流れを読み誤って強いバッシングを受け、「政治発言」問題においてかなり株を落としたので、今回の件でもかなり積極的に流れの先頭につこうと露骨な動きをしていると感じました。
普段はヤリマンのような発言を積極的に行い、いろんな問題を認識しておきながら特に告発するわけでもなく、しかしPCデポのように告発する流れがきたら一番目立つところに席を取ろうとする。そういう意味で倫理的にはあまり一貫性は全く見られませんが、流れに乗って目立ちたいという意思は一貫して強く感じます。そういう意味で、ファンダメンタルから程遠いけど「トレーダー」「煽り屋」タイプとしてとても優秀な方だなとおもいます。
はあちゅうさんもそうですが結局、この人に倫理観を求めても意味がない。善悪はその時の大衆の空気が決める、人気が出るかどうかが大事と割り切っているのではないでしょうか。
つまり、倫理観という軸だけで見るなら、はあちゅうもヨッピーも、上で述べた上司と同じかそれ以上に信用ならない人物です。 あとフ◯ーレンスさん、理事やってる人が今炎上中だと思うのですが、セクハラ問題について騒いでる場合なんですかね。こういう煽り屋さんたちって「人間って清廉潔白なだけじゃないよね」で擁護するにはあまりにも真っ黒な所多すぎませんかね。
技能実習生を時給400円で働かせて作るセシルマクビーがヒドイ - Hagex-day info のブクマ
kaggiko-chie 当該弁護士原武之。病児保育NPO法人はんどいんはんど代表兼弁護士、NPO法人フローレンス監事。表向き聖人が裏で悪どい事やってるのは歴史にも例がある。因みに駒崎さんのお友達。
はんどいんはんど | NPO法人ポータルサイト - 内閣府
しかし、そうやってこの人達を否定するのは簡単ですが、私たちはこの人達をどう利用するかを考えるべきです。この人たちは、決して信じず、思考停止して乗っからず、常に疑い、悪いことをしないように監視しながら、良いことをするように私たち庶民が後押しして行くべきでしょう。
こういう倫理観はあんまりない代わりに時流を読むことに長けていて、声がデカイ人が「流れが変わった」「今までは童貞いじりやヤリマン発言がモテる側だったけど、これからはセクハラを叩いたほうが美味しい」と認識しているのはいいことです。 株式市場においても、こういう「煽り屋」たちが流動性を生み出してくれるのですが、我々社会でも、こういう煽り屋が騒ぐことによって、きっと動きが起きるのでしょう。
ヨッピーさんやはあちゅうさんは、流れが変わったらすぐ手のひらを返してまた童貞いじりやセクハラ発言を平気でやるような人たちですが、逆に言えばこの人達は「セクハラ撲滅やったほうがちやほやしてくれる」という流れを認識している限りは一生懸命人を煽り、動きを生み出してくれます。
この手の人達が得するのは少しシャクではありますが、それでもこの人達が暴れることで自分たちが望む未来に近づくなら大歓迎です。私たちはヨッピーやはあちゅうを利用して、大いに彼ら彼女らを持ち上げ、「セクハラは問答無用で悪」という流れを維持し、社内における不快なやりとりや地獄のノミニケーションをすべて滅ぼしていこうではありませんか。
(この記事に「で、お前誰?」ってブクマつける人はAI)
ヨッピーさんやはあちゅうさんは長文書く前にただ一言「セクハラはどのようなものであれ絶対にダメ」と言うべき
過去の「童貞」に関する発言についてのお詫び|はあちゅう|note
〇〇は嫌いだけど、とかイチイチ言わなくていい。 - ヨッピーのブログ
もう一度言いますけど権力持った人の執拗な、逃れづらい日常的なパワハラ及びセクハラと、不特定多数に向けたネット上での発言、なわけで。全然同じじゃないですよね。本当にそれを今回の件と同質に並べて良い事柄だと思ってるんですかね。もちろん童貞を茶化すような発言で本当に傷ついてる人が居ることは理解するしそういう風潮が是正されるべきものであることは間違いないわけですが、それでも大多数の人が「嫌いだ」って言いたいがためにその件を持ち出してるように見えるんです。本当にそうじゃないって言いきれますか?
あっ……こりゃだめだわ。追記部分が致命的。ヨッピーさん無能ではないのだろうけど、根本的なところで間違ってる。自分が求めてるものとヨッピーさんが目指しててるものが根本的に違う。無理してこの人達担いでも、鳥越を担いだ民主党支持者と同じ思いをするだけだ、という気持ちになってきています。
ヨッピーさんの今回の記事がめちゃくちゃ悪手だったわけですが、多分ヨッピーさんは全く理解できてないと思うので書いておきます。
まぁ書いたところで、ヨッピーさんは絶対に自分は間違ってるって認めないと思います。思った通りに行かない時はなんでも「はてなのせい」にできてよかったね!
どんどん悪手を打っていくからこの二人何を勘違いしているのかと思ったら、ヨッピーさんはこんな根本的なところで間違っていたのか
こりゃ何を言っても駄目な方向になるわと思った。
ええ、確かに2つは違うものです。でも、それをあなた達が自分でいうのは悪手すぎるでしょう。
今回、なぜ多くの人が「はあちゅうのことは嫌いだが支持する」と言っているのか、その理由を本当に考えてないどころか、それを批判するという頓珍漢なムーブをするヨッピーさんは「セクハラにも程度がある。重い軽いがある」いうことを言ってる。もっといえば「重いセクハラの話をしてるんだから、軽いセクハラのことは黙ってろ」といってしまってる。
間違いではないがあなたが言っちゃだめでしょう。こういう発言をしていいのは、今までセクハラ的な発言とは無縁だった人たちだけであって、あなたたちがそれを言うと「自分たちのことを棚に上げてる」にしかならないんだよ。そういう方向でいきたいなら、はあちゅうさんはともかくヨッピーさんはまず自分の過去発言について一人一人に謝罪して回って、身を綺麗にしてから出直してこいとしか言えません。
はあちゅうさんやヨッピーさんにとってスタート地点がベストでないのは、あなたたちの過去の言動が引き起こしたものである
今現在、殆どの人がはあちゅうを支持しているのは「セクハラはどういうものであれダメ」というお題目が有るからだ。
はあちゅうさんやヨッピーさんにとって、この活動は過去の行いに対する禊をする機会でもあったはずだ。
一部の人間はどうか知らないが、大勢としては「一旦攻撃を保留してでも、二人の行動を応援しよう。この活動を通して二人の言ってることが単なるキレイゴトやポジショントークでないか見守ろう」という立場であったはずだ。
あなたがたは不満なのかもしれないが、「嫌いだが支持する」という態度は、かなり譲歩しているのである。「過去の遺恨はあるが、今回まずは保留してこの件で一致団結しよう」というのは、はあちゅうさんやヨッピーさんという「今までセクハラ発言を容認するどころか、実際にやってきた側の人間」を旗頭とするのであれば、スタート地点としては望むべくもない地点だと思う。
とくにはあちゅうさんはそのくらいのことはやらかしている。それすら受け入れられないなら、別にあなたたちにやってもらわなくていい。
ところが、こともあろうに、はあちゅうさんもヨッピーさんも、そのことに自覚が全くない。あろうことか「留保のない賛意でなことに不満」を述べている。
すみません意味がわからないです。
大義の前には自分たちの言動で嫌な思いをした人のことなど、些事でしかないと、他の人に言わせるのではなく「自分で」それを言うってどういうことだよ
こんな態度を見せつけられたら、今までの言動を知っていれば知っているほど、「あ、この人達自分たちはなんにも悪くないと思ってるな」と感じることくらい想像出来ないのかな。幾ら何でも立ち回りが下手すぎるでしょ。
多分本気で、自分たちには何にも後ろ暗いことがないと思ってなきゃこんな態度取らないよね。ちょっと信じられません。
ヨッピーさんは長文書く前にただ一言「セクハラはどのようなものであれ、絶対にダメ」を言うべき
もう今回のような発言をしてしまった以上、今後ヨッピーさんがどれだけ長文の記事を書こうが、
ヨッピーさん自身が「セクハラはどのようなものであれ、絶対に駄目」とはっきり言い切り、過去の発言への反省を踏まえて自らもそういうことは絶対にしないしさせない、と言えない限り
ヨッピーさんが今回問題にしているのは「権力持った人の執拗な、逃れづらい日常的なパワハラ及びセクハラ」だけという認識になります。
違うというのであれば、一言ブコメでそういい切ってください。「セクハラはどのようなものであれ、絶対に駄目。今後は二度とやらないしさせない」と。
我々が求めているのは、絶対にゆるがせにしてはいけない点を明確にいい切ってくれる人であり、「彼女が受けた被害は深刻なセクハラ、彼女がやってる発言や僕のヤリマンは軽微なセクハラだから騒ぐべきではない」などというダブスタを放置して、長文で話題そらしをしている姑息な人ではありません。
今回のヨッピーさんの記事本当に悪手で、特に追記でさらに駄目な方向に行っている。それはヨッピーさんが、枝葉末節部分を気にして、いちばん大切なことを見失っているからです。セクハラに対して、自分の基準で優先順位をつけようとしているからです。そこのところ、もう一度ちゃんと確認してください。
みんなが声を上げやすくなる一番簡単な方法は、「セクハラはどんなものですらダメ」ということをみんなが共有することです。ヨッピーさんの記事で書いていることは「声を上げにくくする方法」です。
一番大事なのってこれ以上の被害者を増やさない事じゃないですか。そしてこれ以上の被害者を増やさないためには「声を挙げやすい社会」にすることが大事なわけじゃないですか。
全くもってその通り。でもそのお題目に反して、ヨッピーさんが主張してることって何?
ヨッピーさんは色々語っていますが、「セクハラに対して、自分の基準で優先順位をつけようとしている」じゃないですか。「重要な問題に対して、勇気を出して声をあげた」という点を過大評価して、はあちゅうからの童貞いじりは大したことないという意識がで過ぎている。
それどころか、「重要でない発言は今はするべきではない」と言っていますよね。
追記を書くまではそのあたり曖昧でしたけど、わざわざ追記でそのことを強調しましたよね。
たしかに2つは違う。全然違う。でも土壌は同じでしょ。そこで「重要度」をあなたが恣意的に決めていい根拠はどこにあるの?あなたが判事のように振る舞ってる理由はなに?
こんなこと言われたら、「はあちゅうさんより重要でない、些細な被害を受けた人は声を上げにくくなる」なんてことは小学生でもわかると思うんですが、なにがやりたいんですか?
いじめはダメだがいじりはオッケーっていうような、いじめに関する議論を無化する言い分をやってるのとほとんど同じですよね。なぜこういう理屈になってないことを真面目な顔をしていっているのか、理解に苦しみます。
「ヨッピーさんやはあちゅうさんが自身が岸さんほどでなはいけれどセクハラをする側だったこふとについて、過去の言動についてごちゃごちゃと言われたくないから」以外に理由があるのなら説明して欲しい。まったく説得力がない。 「言われたら傷つく」ことを言うなというなら、はあちゅうさんも一緒にたしなめないとバランス悪いし、バランス感覚も欠いている。お友達の馴れ合いにしか見えないし、別に友達通しで馴れ合うのは当然だしそれ自体はいいけどそれをネットの我々にまで強制しようとするその甘えた感覚は何なんですか?
「純粋な応援」を求めるのは、「純粋な被害者」を求めるのと同じくらい馬鹿げている
別に、こちらだって「純粋な被害者でなければダメ」なんて告発してはいけない、とか罪を犯したことない人間でなきゃキレイゴト言うな、という基準をもうけるつもりは全くありません。だけどヨッピーさんが「純粋な応援」を求めるといういみのわからんことをしでかすからおかしなことになっている。
「みんな思うところは有るだろうけれど、そこは押さえて一致団結して岸さんを批判しよう」という呼びかけだけなら喜んで賛同したでしょう、というか上でも述べました。
ヨッピーさんが余計なことを言わなければ、はあちゅうさんなどの批判や「嫌いだけど」発言はあっても、思うところはおさえて「岸さん批判を最優先にする」という流れだったはずですし、ヨッピーさんやはあちゅうさん以外であれば、純粋な支持をする人の割合はもっと高かったはずです。
そこでわざわざ「お前らの受けた苦痛ははあちゅうさんの受けた苦痛と比べたら大したことないんだから今はタイミングが違う、今は黙ってろ」という発言をしたヨッピーさんは、今一番言わなくていいことを言って、♯metoo 活動の足を一番引っ張っていると私は感じます。
公式に過去のセクハラ発言をまだ謝罪してないのはヨッピーさんだけですし、はあちゅうさんが謝罪したことを受けて書いた追記がアレ、というのは、はあちゅうさんからみても足を引っ張ってると思います。
正直ヨッピーさんが言ってることは正しいですよ。パワハラとセクハラでは重みが違うというのは当たり前です。ヨッピーさんは、なにも間違ったことは言ってない。
とはいえ、そこで扱い変えろって主張して受け入れられるわけないでしょ。自分たちの気持ちをわかってほしいなら、文句を言ってる人の気持にも多少は寄り添えよ。なんでそこあなたの勝手な基準で切り捨てようとしてんの。
そのあたりのヨッピーさんの無自覚な傲慢さって、前の「政治発言」の時もひどかったけど、ますますひどくなってるので、ホントに気をつけたほうがいいと思いますよ。
まとめ
ヨッピーさんは今自分がみんなをリードする立場で、周りに足を引っ張られてると感じているのかもしれませんが、実際は普通の人にとってのスタートラインより後ろの方にたって、みんなの足を引っ張っている。と私は思っています。
大事なことなので三回目の繰り返しになりますが、本来言う必要はなかったけど、もうこんな悪手を打ってしまった以上、もうパワハラはダメだがセクハラはオッケーと言ってるようにしか見えません。
「パワハラに限らずセクハラも絶対にダメ。過去の自分の発言には大いに反省をしている」くらい言わないともう取り返しつかないと思います。
多分ヨッピーさんにはそれが言えない。はあちゅうさんはもっと無理。そこが最大の問題です。
今でもお二人とも「自分のセクハラはそんなに問題なかった。謝るようなことじゃない」って思ってませんか? そういう根っこが腐ってる感覚で、いくら他にキレイゴトを言おうが、そんな欺瞞めいた訴えがこっちの心に響くわけないですよね。みんなそこある程度わかってて、それでも目やをつぶってて協力すると言ってたのにそれを自分から壊していく、セクハラの方は大した問題じゃないだろ、と言ってしまうヨッピーさんのバランス感覚の悪さがいかに致命的だったかよく理解してほしい。
パワハラだけじゃなくセクハラもダメです、という言葉を言えないなら、自分たち基準で良い悪いを決めてるだけで、そしてあなたがたと私たちではスタートラインを共有できない。
そのみんなが共有しているスタートラインを自分かわいさのためにごまかそうとする。不要なことをいっぱい書いてる長文になるし、しかも書けば書くほどおかしな方向になるんじゃないですかと私は思っています。
「セクハラはどのようなものであれ絶対にダメ」とそれを言葉にして認めるだけで、ヨッピーさんの今後の発言絶対変わるはずだから。いまのままだとセクハラはやるんでしょ?としか思えません。所詮「セクハラ好きだけどそういう流れだからセクハラ反対してるフリをしているだけの人」という認識にしかなりません。
自分は何一つ今までと変わろうとせず、ダメージを負わずに、世の中動かせると思ってるわけじゃないでしょう。今までがそうだったなら尚更腹をくくってちゃんと宣言してくださいよ。できないのなら、ヨッピーさんはこの問題にクビ突っ込む資格ないことを認めて黙ってるのが一番はあちゅうさんの応援になると思います。
20日11:32追記。
本当に申し訳ありません。ちょっと今回の件、ヨッピーさんの記事にあまりに腹が立ちすぎ、頭に血が上ってカウンター目的とはいえ明らかに言い過ぎています。同意してくださってる方のコメントは嬉しいのですが、自分としては明らかにいいすぎている、おかしなことを言っている部分がある、と認識しています。
本来ここまで不寛容な態度を取るつもりは全くありませんでした。書いてるうちに「ヨッピー許すまじ」みたいな文章になってしまった点は本当に自分の未熟を恥じます。
I'd:font-daさんの<これこそ「ポリティカル・コレクトネス」だと思うけどなあ>というご指摘は本当におっしゃる通りで、私は普段行きすぎたポリコレには反対する立場なので、明らかに普段の言動と矛盾しています。また、セクハラについての線引きも明確にせず、セクハラは全部ダメと言え、などとヨッピーさんに迫るなどの部分は明らかに調子に乗りすぎています。何様だよ私。
ヨッピーさん、明らかにあなたへの敬意を欠いた表現を含め、勝手にあなたのことを決めつけ、対話を拒否して一方的にこちらの要求を押し付けるようなことを書いてしまったことにつき、本当に申し訳ありませんでした。
わたしは「あなたの勝手な判断で切り捨てないでください」「自分がしたことについて小さなことだからと開き直らないでください」の二点が伝えたかった。落ち着いてから、この二点に絞って整理し直したいとおもいます。
服を着るならこんなふうに 1巻
金田一少年シリーズの続きは土曜日から読みます……。
今月、目標としていた資産額に到達したので、自分へのご褒美でちょっとだけファッションに手を出してみようかなどと思っていたり。といいつつ本当に全く知らないのでまず入門マンガに手を出してみました。
私は別に特別なことはしてないよ?このコーディネートだって、センスやお金がなくてもできたでしょ?ただ私は、コーディネートする時に一貫した基準を持ってるだけなの。それさえわかってれば、お兄ちゃんも絶対、一人でも楽しく服を選べるようになるよ。
教えてあげるよ。たった一つの一番大事な、服を選ぶ基準を。
「基本を大事に」をモットーにして、ファッション音痴の兄とファッションが趣味の妹との間のやり取りを見ながらファッションコーディネートの基本を楽しめるマンガです。
最初のうちは「服に金をかけるのが嫌」「服を店で注文するのが怖い」という兄にあわせて、ネット通販やユニクロで買い物をしています。ルールを理解して目的をもって服を探せば、ユニクロで十分格好よく見せられるよ、という流れになっています。
普通に面白いし、私のようにファッションなんて考えたこともない男性にとって、おしゃれの世界は「異世界転生もの」みたいなものですから、優秀なガイドがリードしながら一歩ずつレベルアップしていく感じは、RPGみたいで楽しいです。妹のタマキちゃんがかわいいので、彼女の外出時のファッションを見るのも楽しみの一つです。
というわけで、私は漫然と読むと頭に入らないのでまとめつつ読みます。ファッションは、絶対に絵付きで読んだ方が頭に入ると思うので、記事読んで興味を持ったらぜひマンガも読んでみてください。一巻はベースの部分ですべて重要なので全部紹介しますが、ニ巻以降はポイントをかいつまんで紹介していきます。
1 まずは優秀なボトムを1本からスタートすること
印象のベースはボトム。ベースが整ってなかったらトップスもおしゃれに見えない。そこでまずはユニクロのスキニーフィットテーパードジーンズ(体にフィットした、徐々に細くなる形のジーンズ)。これ一本持っておけば、上がブカブカでもバランスよく見える。色は黒でOK。すでに持っている服と合わせやすい。
2 大人の男性としてのおしゃれはモノトーンが基本
白と黒、それが一番大人っぽい色。色を使うほどカジュアルに、子供っぽくなる。慣れないうちはカラーを選ばない。
3 下半身の色を同系色で統一する(これはやらなくてもいい)
黒いジーンズをはくときは、黒い靴下に黒い靴でそろえてみる。視覚効果を利用して、足長・細身に見せるというのが狙い。今回の購入はコンバースのオールスタースニーカー。
スニーカーの中でも細身でシャープな形のためこの効果を狙うのには最適。
4 男のおしゃれは仕事着である「スーツ」をトレースするのが基本
しかしスーツスタイルに偏りすぎると仕事と変わらないので、プライベートではイージージャケット(カーディガンのようにラフな素材のジャケット)をあわせるのが良い。
今回の購入は「イージージャケット」。
5 先にボトム→上下のバランスを考えた後で「インナー」を考える
ファッションはシンプルにすればするほど「大人っぽさ」が出る。色を増やしたり物を増やすごとに子供っぽさが出てくる。つまり究極的にはシンプルな無地、胸ポケットもないものを着こなせるのが理想。おシャレになれていない人ほど「無地」を怖がったり、「下着に見られるのでは」と警戒しがちだが、だからこそ「下着に見られないよう、形のきれいな細身シルエット」を選ぶ必要がある。最初は難しいので、無地以外で細いボーダーくらいならあり。
ただ無地で白くて、シルエットがきれいで細身なカットソーは絶対に一つはあったほうが良い。ということで、今回の購入は
お金がなければ「ユニクロ スーピマコットンフライスTシャツ」
多少余裕があれば「ヘインズ ジャパンフィットクルーネックTシャツ」
6 モノトーンコーディネートにあうかばんを考える
×大型リュック
×カラーのショルダーバッグ
カバンの存在感がありすぎることと、シルエットが崩れることが難点。
△ミニショルダーバッグ
△デイバッグ
〇横長のトートバッグ。色も服に合わせるとより良い。
〇クラッチバッグ
7 たった一つの一番大事な服を選ぶ基準
「ドレスとカジュアルのバランス」
・カジュアル=ブカブカ、色落ち、リラックス
・ドレス =タイト、スーツ寄り、革靴
何がカジュアル要素で、何がドレス要素かを理解して
カジュアルすぎると思ったらドレス要素を取り入れればよい。
バランスをとるひと工夫が、場に適したおしゃれにつながる。
おまけ 原作者(ファッション担当)のサイト
Knower Mag
http://www.neqwsnet-japan.info/?cat=249
誰もが理解できる「オシャレの教科書」。2016年まぐまぐメルマガ総合大賞受賞。
ヨッピーさん、ほんとうにすみませんでした
追記で書いていた内容ですが、少し訂正して記事としてあげます。
ヨッピーさん、本当に申し訳ありません。
今回の件、ヨッピーさんの記事を読んであまりに腹が立ってしまい、頭に血が上ってカウンター目的を越えて明らかに言い過ぎています。同意してくださってる方のコメントは嬉しいのですが、自分としては明らかにいいすぎている、おかしなことを言っている部分がある、と認識しています。
本来ここまで不寛容な態度を取るつもりは全くありませんでした。書いてるうちに、「ヨッピー許すまじ」のような論調の文章になってしまった点は自分の未熟さに恥じるばかりです。
font-daさんの
これこそ「ポリティカル・コレクトネス」だと思うけどなあ
というご指摘は本当におっしゃる通りだと思います。私は普段、行きすぎたポリコレには反対する立場であり、明らかに自分の普段の言動と矛盾しています。普段の自分を棚に上げてこのような記事を書いている人間が、偉そうにヨッピーさんの発言を頭ごなしに否定するのはどう考えてもおかしいことです。
また、「セクハラ」についての線引きも明確にせず、「セクハラは全部ダメと言え」などとヨッピーさんに迫るなど、どう見ても行き過ぎでした。明らかにヨッピーさんへの敬意を欠いた表現を含め、勝手にヨッピーさんの内面について忖度し、対話を拒否して一方的にこちらの要求を押し付けるような乱暴な記事を書いていしまったこと、大変申し訳ありませんでした。
yoppymodel 叩かれるだろうけど「セクハラ絶対やらない」とは言えない。自分の言動を他の人がどう受け取るかを予知するのは不可能なので。言ったらウソになるし。もちろんそのための努力はします。
私の難癖めいた文章に対して頭ごなしに切り捨てることなく「努力します」とおっしゃって下り、ありがとうございます。表現の面でツッコまれていますが、私としては当然ヨッピーさんは「セクハラは絶対ダメだと思っているが、セクハラは受取方次第。ヨッピーさん個人としては、自分がセクハラだと思うようなことは一切しない。故意が見受けられるような行為は絶対にしない。それが努力はします、ということだ」という意味でおっしゃってくださっているものと受け取っております。素晴らしいことだと思います。
実は、ヨッピーさんの記事について本当に書きたかったことは別にあります。今回の記事はその前段階のつもりでした。しかし続きを書くにも今の自分がいかに冷静でなかったかというのはよく自覚しております。
日をおいて、土曜日か日曜日に、今度は落ち着いた状態で書きたいと思います。よろしくお願いいたします。
はあちゅうさんは以前から変わっていない。変わったのは私達の受け止め方である
私ははあちゅうさんについてはあまり期待してなかったせいか、彼女の発言は通常運転だなぁ、と思う程度で一度も腹が立つ、という状態になったことはない。
彼女の「告発にあたり、ステレオタイプな被害者像を引き受けるつもりはない」という宣言どおりに、彼女は告発の前にも後にも今まで通りのキャラを貫こうとしているようにみえる。
彼女は以前からずっとゲスで、いろんなものを煽りながら炎上で食っていくキャラだったし、これからもそうあり続けようとしている。
むしろ、今彼女が批判に晒され続けているにもかかわらずに、一向に退こうとしないのは「告発をしたことによってしおらしく振る舞うことを受け入れてはいけない」という彼女なりのこだわりがあるのかなと思っている。
彼女は変わってない。むしろ変えないように意地を張っているところすらあると感じる。変わったのは注目度と、そして彼女に「告発者としてのラベル」が付いたことに対するこちら側の受け止め方である。
はあちゅうさんに対する受け止め方の分類と、その動きについて
では、はあちゅうさんの告発に対する受け止め方はどうだったののか。
まず受け止め方としてはだいたいこのような選択があったはずだ。
(1)「有意義な社会活動」「勇気ある告発者」として最大限・無条件の支援をしようという人たち。
(2)彼女自身に問題を感じる面はあるが、それでも活動の理念に賛同し彼女を積極的に応援しようとする人たち。
(3)積極的には応援しないが、少なくとも批判はしない人たち。あるいははあちゅうさんのことをよく知らず様子見をしている人たち。(浮動層1)
(4)この活動から距離を取ろうとしている人たち。ネガティブな目線を向けている人たち(浮動層2)
(5)はあちゅうさんのことは絶対に認めない。むしろ彼女がこういう活動をすること自体許せない人たち。
本当は「支持の度合い(積極的支持・消極的支持・反対)」と「彼女の過去の扱い(不問・保留・糾弾)」の2つの軸で整理したほうがわかりやすいだろうが面倒くさいので省略する。
今回は「セクハラ」「パワハラ」という、社会的に共通して問題視されている件についての告発であったから、かなり(2)の割合が高い珍しいケースだった。
それが現在ではご存知の通りである。(4)の割合が圧倒的に増えてしまった。なぜこうなってしまったのかについて記事を分けて語ります。
ヨッピーさんが今回反省する記事を書いてくれた事は私にとって、とても重要だというお話
ヨッピーさんの話の前にまずはあちゅうさんについて。
先の記事に書いたとおり、私ははあちゅうさんについては告発前と後で、変わらなさすぎるくらい変わってないな、と思っています。だから、彼女の今回の件に関する言動については別に腹も立ちませんでした。一応ツッコミは入れていましたけどまあこんなもんだろ、と。
どっちかというとヨッピーさんはどこまではあちゅうさんのことをご存知だったのかな、というのが気になります。
はあちゅうさんはインスタブームが来る前はクソステマをやりまくったトレンダーズの役員かつ大株主であり、さらにオンラインサロンにおける情弱向け商売による悪評も聞こえくる人です。この人とピーシーデポやキュレーションサイト批判で有名になったヨッピーさんがはあちゅうさんと仲良し、というのは意外です。ヨッピーさんのいままでの経緯を見るに、主義主張の一貫性を重視するなら真っ先に批判すべき対象だと思っているのですが。いつから友人関係なのかは知りませんが、かなり違和感というか矛盾を感じています。
その辺りどこまでご存知の上で今回の火中の栗をヨッピーさんが拾いにいったのか、どこまで知っていて目を瞑る覚悟だったのか、全く語られていないため、ヨッピーさんは善意であったにせよ騙されて片棒担いでいるようなことはあるのではないか、という感覚はいまだにもっています。あるいはその辺りのことを知らなかったからこそ、火薬庫である彼女を無防備に守りに行って被弾したのかな、などとも思います。
こういうことはみんな知っていたはずです。最初期には知っていてそれでも指摘せず、はあちゅうさんのことを嫌いだけど=信用できないけどそれを飲み込んで応援する、という姿勢を取った人が多かったのは本当にみんな十分優しいなあ、という感覚は今でも変わりません。
私は彼らほどお人好しにはなれなかったので、最初から一切信用しておらず、それでも彼女がこの運動について彼女が真剣ならこちらも信じずに利用しよう、くらいの考えでしたし、あらかじめ記事にそう書いてました。
さすがにはあちゅうさんに関して今の状況は流石に叩かれ過ぎに感じていて、もう彼女の発言見てても不快なだけなのでここからは支持できる内容以外触れないでおこうと思っています。不満を飲み込んででも応援しようとした人たちの失望売りや、深津さんたちの言説への反動もあるので一週間くらいはしかたないとしてもそれ以上は放っておくべきでしょう。いくら彼女の言動に問題が有るとは言ってもあんまり過剰な叩きがしつこく続くようならそれにもちゃんとNOを言おうと思っています。
私は今回ヨッピーさんの記事の何に一番腹がたったのか
はあちゅうさんに関してそのくらいの感覚だった私ですら、深津さんやヨッピーさんの記事にはかなり腹が立ちました。だから、はあちゅうさんよりもヨッピーさんを強く批判する記事を書いたわけです。
それはとあるロジックを使ったことでした。今まで散々見てきたそのロジックによって引き起こされた嫌な光景を、よりによって、ヨッピーさんが繰り返そうとしたと感じたのです。
「まーたstudygiftの時の佐々木俊尚と同じことを言うのか」「また巨大ツリーの時の糸井重里と同じことをいうのか」「なんでこの手の人は毎回同じことをいうのだ」という絶望感。
「ヨッピーよ、お前もか」というわけです。
ただ、今回私が書くのは「私が」怒った理由です。個人的な文脈によるものであり、身勝手なものです。先の記事と比べると共感を得ることは難しいでしょう。こういう風に考えた人もいるのか、という程度の話で、ヨッピーさんは一切引き受ける必要はありません。私が勝手に怒っているだけです。
まるでループしているかのように、同じ光景を見せつけるネット有名人たち。役者が変わってもみんな同じ思考パターンなことには絶望しか感じない
今回ヨッピーさんが展開したロジックって本当に見飽きるくらい見てきたんですよね。
もうね、同じのを見すぎて、みんなで同じテンプレでも参考にしてるのかと思うくらい思考フレームワークが共通してる。
①「〇〇〇〇は社会的に意義のある取り組みだ。こんなにいいところがいっぱいある」
②「支援したい人が支援すればいい。同意できないのなら無視すればいい」
<③-1 少しくらい問題があっても、そのくらい我慢しろ>
<③-2 私たちよりすごいことができないやつは文句を言わず従っていればいいんだ>④-1 同意できないなら黙っていればいいのにネガティブなことをいうやつは「××(童貞・嫉妬・冷笑的な人々・負け犬その他いろんな侮蔑的な言葉)だ。
⑤「××のせい」でせっかくの素晴らしい運動がダメになってしまう。それでいいのか?(脅迫的メッセージ)
これ。毎回このテンプレートを忠実になぞってくる。
これはベンチャー経営者がパートナーや自社の従業員にいうならまだいいですが、社会運動を考える上では悪手でしかない。なのに、なんでこの手の人は毎回毎回毎回毎回、同じことを言うのか。
studygiftの時の佐々木俊尚さんも
巨大ツリーの時の糸井重里さんも
今回の件におけるヨッピーさんや深津貴之さんも。
どの運動でも、この手の人たちは無制限に応援し、そして全面的支持をしない人を馬鹿にする。
そして、この手の人達は、殆どの場合問題について「ふわふわとした概念的な話」ばかりを強調して「実際の運用」にはこれっぽっちも興味がない。
具体的な話をよく理解していないから、「こんなに素晴らしいものなのになぜ批判するのか?」というとぼけたことを言ってみんなを失望させる。
問題行動を起こしている主催者については一切批判せず、批判している側が100%悪いという論調で語る。
そして、声高に支持を表明していた割に、運動が弱まってくると真っ先に逃げ出して知らんぷりをする。
毎回毎回毎回毎回、本当に寸分違わず同じ。
もうね、こういうロジックを見せつけられると、「あ、この人達みんな同じ人種か」って思うんです。
たとえばstudygiftの時の佐々木俊尚さんのものいいを振り返ってみましょう。今回のヨッピーさんや深津さんと全く同じこと言ってるのがわかります
佐々木俊尚さんの「Studygift問題についての論考」を不動産業界にたとえてみよう - 不動産屋のラノベ読み
佐々木俊尚さんが言っていることはこう聞こえる。たとえて言うなら。とある悪徳不動産屋のひどいやり口をみんなが批判している時に、「でも、不動産業者の仕事って大事だよ! これからももっと大切になっていくよ! みんな、不動産市場を否定するなよ!」という擁護のようで擁護じゃないようなモノにしか聞こえませんでした。
佐々木俊尚さんのstudygiftに関する論考の「コレジャナイ」感がヤバイ : 増田くん日記
一般論としても少し筋が悪いところがあります。studygiftの件とは別に、佐々木俊尚さんが、他人が意見を言うのに制限を設けようとしている部分です。
「名乗り出た人の勇気を評価しよう」
「社会的に意義のある活動だよ。」
「他人が問題を指摘するのに制限を儲けようとする」
「佐々木俊尚さんは頓珍漢なことを言ってさんざん場をかき回した後、自分に賛同しない人を嫉妬呼ばわりしていつの間にかいなくなっている」
「もちろんこういう人たちの無責任な煽りで運動はしっちゃかめっちゃかになりstudygiftはその後下火になってしまう」
巨大ツリーの時もだいたい同じですよね。
問題が明らかになる前からその点は指摘されていたのにそれを無視して強行して結局問題になり、そのことを指摘されたら糸井重里さんがなぜかそういうまっとうな批判をしている人までひっくるめて「冷笑的な人」みたいな言い方をして、自分たちの行動に一切の問題を認めずフェイドアウトしようとした。
別に、その活動を全否定しているわけではなく、問題や疑問を投げかけている人に対して、「こんなに社会的意義があるのに」「こんなに非難されたら次に続く人出てこないだろ」「だから批判するな」と言う。
こういう人たちは思考回路に「問題はすべて自分たちの外にあって、自分の行動には何一つ省みるべき点はない」というプログラムでも組み込まれているんでしょうか?
これをね、社会経験が全然ない若者が言うならわかりますよ?でも佐々木俊尚さんも糸井重里さんも、ヨッピーさんも深津さんも、あなたたち賢い人でしょう?今まで人を動かしてきた経験があるわけでしょ?
なんでそういう人たちが、揃いも揃って、毎回毎回同じことを言って人の神経を逆なでするのか。
「そんなに名乗り出た人のことをその人のことを守りたいなら、なんで大々的にアピールする前にもっと慎重に準備しないのか」
「なんではあちゅうさんとか坂口さんという一人に背負わせる構造でスタートしようとするのか」
「なんで全面的な同意をしない人間に対して、暴言を吐くのか」
これが、不思議でしょうがないわけですよ。
今までこの手の人達は絶対に謝らなかった。謝るどころか、人を馬鹿にするようなことを言い放って去っていくだけだった
多分、この手の人達は、基本的には「面白半分で片足を突っ込んでいる」だけであり、全くコミットしていないのだと思う。
だから、言うことが概念的な話で、具体的なところを指摘されると「俺に反論するな」みたいな態度をとる。
えらいえらい俺様を批判するやつは「嫉妬してるんだ」「負け犬の遠吠え」みたいなマウンティングをするだけで全く取り合おうとしない。
そんなひとたちばっかりだった。
だから、私はこういう人たちには社会運動には絶対に参加してほしくないんですよね。今後も、佐々木俊尚さんや糸井重里さん、深津さんなどが表に出てくるような企画があったら、彼らがどんなに有能なのかは想像できるけど、それでも絶対に関わりたくないです。 佐々木俊尚さんは「キュレーションの時代」って本を書かれてましたが、彼が立ち上げに関わってた「TABI-LABO」はパクリで訴えられてたりしましたしね。
旅ラボが謝罪コメントを出すも燃料投下でさらに炎上 - Hagex-day info
TABI LABOは相変わらずヤバイなという話 : Blog @narumi
やまもといちろう 公式ブログ - TABI_LABOは逸材だったのかもしれない:炎上して経営メンバーリスト「だけ」削除 - Powered by LINE
佐々木俊尚さんに限らず、「社会的に意義がある活動だから」みたいに口ではキレイゴトを言ってる人がやってる行動が実際にはどれだけゴミだったかをやまほど見せつけられてきてる身としては、「いい加減社会的に意義がある活動」って言葉でゴミをきれいなもののようにごまかす人間にはうんざりしてんだよ!」っていいたくなるんですよ。
わかりますか?
本人たちはその世界にどっぷり浸かってるからわからないかもしれないですが、ネットで言論でメシをくおうとしてる人間が詭弁を使ってるときって、もうそういう詭弁やおためごかしは、使い古されまくってて、ゲロ以下の臭いがプンプンしてるんですよ。
成り上がるために散々人を騙したり、汚いことをやってきて、ある程度地位を得たら急に綺麗事を言い始める。あの頃は私も悪だったなあなどと言いながら。反省をするのではなく武勇伝として悪事を美化しながら若者にはしたり顔で説教し、その裏でまた散々悪事を働いていた佐々木俊尚さんみたいな人が多過ぎてこっちも学習してきてるわけですよ。
それにいつまでも読者が気づかないと思ったら大間違いですし、そうやって読者のリテラシーをいつまでも低く見積もってたら今回のように痛い目を見ますよ。
MeToo運動以前から岸さんに限らず、表では綺麗事をいいながら裏では人から搾取し、我が物顔でのし歩いている、二面性を使い分ける汚い大人全てに対してどれだけのヘイトが溜まっているかをヨッピーさんに限らずもっと理解したほうがいい。
今回のヨッピーさんの謝罪記事は「studygift」の頃か、それ以前から続いていた負の流れを断ち切るきっかけになってほしい。
と、私がヨッピーさんの何にブチ切れていたかはご理解いただけたかと思います。
ヨッピーさん個人というよりは、もっと大きな流れが腐ってるということを訴えたかったのです。ヨッピーさんからしたら理不尽に感じるかもしれませんが、電通だけ叩くな、電通以外にも問題あるだろ、みたいな発言の時から、あまりにいまの空気を理解していなさすぎるなと思ってその鈍感さにイライラしていました。
そしてあろうことか、いままでの流れに組します、僕はこっち側の人間ですと宣言するような記事を書いた。それ読んだ時の私の憤りを少しでもご理解いただけるでしょうか。
ただ、そんなわけで「どうせ謝らないだろうな」と勝手に決めつけて無茶苦茶起こりまくって記事を書いたわけですが、そしたら、ヨッピーさんはこんな記事を書かれました。
ヨッピーさんは、佐々木俊尚さんや深津さんのような人とは違って、ちゃんとはあちゅうさんの活動にコミットしており、
また、今回の件で自分の発言について反省するということをちゃんと明言してくれました。
これは絶望していた自分にとってはとても希望になることでした。
これは、ものすごく勇気がいることだったと思います。
また、私は本当にヨッピーさんに失礼なことを書きまくっており、それについていくらでも反論しようと思えばできたのに、それをせず、最大限に誠意の有るメッセージを返してくれたものと思っています。
明らかにヨッピーさんのほうがわたしより大人な対応をしている。 正直ぐうの音も出ません。 むしろ私こそ、失礼なことを言って申し訳なかったと反省しています。
私はひねくれものなので、ヨッピーさんがここまでちゃんとした反省記事を書いてくれたのを読んでもなお、
この記事だけでヨッピーさんを信じられるかというと、ここ最近の言動の危うさからとてもそんな気持ちにはなれません。
記事を読みましたが、指摘されたことについて一定の理解はいただけているかと思いますが、上で述べたような流れについても多分理解されていないと思います。
それでも、批判に対してちゃんと耳を傾けて、悪いと思ったことを自分の言葉で書ける人だということはよくわかりました。とても希望が持てる内容でした。
私にとっては、とても希望が持てる記事でした。書いてくれて本当に有難うございました。
追記 冷静な人と冷笑家(by糸井重里)は全く別。フミコフミオさんはただの冷笑家
朝起きたらリアルタイムでこの記事で批判してるテンプレロジックを使う記事が一つ増えてました。
例のハラスメント告発炎上を外野から見て思ったこと。 - Everything you've ever Dreamed
http://delete-all.hatenablog.com/entry/2017/12/21/190000
これこそまさに、
・全くこの問題について興味がない。
・盛り上がってるから全く興味ないのにいっちょ噛みしたい
・興味がないから概念的なふわふわしたことを言うだけ
・興味がないのになぜか建設的なことを言ってる体裁を取る
・興味がないから間違いを指摘されても絶対に謝罪しない
の典型例です。この手の人たちはこの手の問題について言及するとき、完全に無関心、無思考なんですよ。
本人は冷静な立場を気取っていますが、ただの無関心、無知を冷静にと言い張るその図太さ。素晴らしいですね。給食騒動の記事とクオリティが違い過ぎて笑えません。もともとなんでもナンセンスだと思って茶化しまくる人からしたら、そりゃどんな人でも冷静ではないですよね。
私がヨッピーさんの記事にイラっとした理由がおわかりいただけますか?
「告発者、支援者、非当事者」という図式の認識そのものが問題ではないだろうか
性暴力被害者の告発をどう受け止めるのか? - キリンが逆立ちしたピアス
性的ジョークへの批判が、「はあちゅうさんの性暴力の告発」をなかったことにする方向に進まないよう、気をつけなければならない。先に述べたように、性暴力の告発の重荷は、告発の後にのしかかってくる。その状況で、何をどう批判するのかという判断が、周囲の第三者には問われる。
この記事を読んだ。
現時点での私の考え方
これについて、私自身の考えを先に書いておく。
①告発の際には、過去の所業についても一旦保留されるべきであり、それによって告発が相殺されるようなことは望ましくない。
②その人が何かの悪事をなしていたとしても、それは、その人に被害をもたらした環境がなせる業かもしれない。白か黒かがはっきりした問題ではなく、「サーキュラーな問題(システム理論的な問題)」として捉えるべきだ。
③しかし、告発者の言ってることが正しいかどうかは当然問われるべきである。「告発後」について告発者が間違ったことを言っていたらその人の信頼度は激減する。そうしなければ「セイレムの魔女裁判」になる。「告発者は理不尽から守られるべき」であるが「特権」や「免罪」を与えられるべきではない。
これが正しいとは思っていないというか、②と③がfont-daさんの意見とバッティングしており、またこの点についてfont-daさんの記事を読んで少し悩んでいる、というのが現状。
ちなみに私はNHKの貧困女子高生の時は、NHK批判をする人たちの意見も読んだ上で、自分なりに考えてそれでも女子高生を支持することを選んでいる。
あの時はとにかくNHKを許すな!の論調が強かったからあんまり受け入れてもらえなかったけどな。
私は、前の記事で書いているとおり、株クラスタであることもあり、「童貞いじり」の件だけで暴れている人たちよりもはあちゅうさんの今までやらかしてきたことにはよく知っていると思う。それでも今回の件ではあちゅうさんがまともなことを言っていたら、それは支持するつもりだったし、今でもそうだ。なので「#METOOはリンチではありません」の記事などについてはブコメだけど支持してる。そこで「話を逸らすな」とか「いいから黙ってろ。謝れ」って言う人には「それは違うよ」と思ってる。はあちゅうさんが過去になにをやらかしていようが、今回の告発後にまともなことを言ってたらそれはちゃんと聞くべきだ。はあちゅうさんが過去にどれだけの善行を積んでいようが、告発後にアレもこれもと根拠のない告発をしたり、差別行為をしていたら批判されるべきだ。ただそれだけの話だ。
私は当事者ではないし、支援者でもない。かといってそれ以外の人間を「非当事者」として切り捨てる視点が正しいと思わない。「当事者」や「支援者」が中核なのはわかるが「支持者」は存在しないの?要らないの?
font-daさんの記事は、当事者と支持者の関係について詳しく書かれている。 たしかに当事者と支援者がいなければ始まらない。この人達が欠かすべからざる存在であり、中核であるのはわかる。
そして、その立場の人達がどれほどの重荷を背負っているのか、それは私にはその立場になったことがないからわからない。
この点について中途半端にわかったふりをするのは失礼だろう。私にはそういうものなのかと理解するしか無い。だからfont-daさんの話はとても重要だとは思う。
だから、その当事者性の重みを理解してくれない「非当事者」だちに苛立ちを感じる心情はわかる。
支援者は、危険を冒して尾根の内側まで来ることを被害者から請われ、「どうせここまでは来られないだろう」となじられたりする。被害者は、確実に支援者が信頼できるかどうかを確認するために、尾根で支援者を試すこともある。この風が吹き荒れる尾根の上で、支援者もまた転がり落ちないように踏ん張っている。そのことにより、支援者は疲弊し、下山したくなっていく。また、よりどちらがより内斜面に近づけるのかという、支援者同士の競争もある。さらには外海の非当事者からも風が吹いていくる。「被害者を利用している」「支援者こそが状況を悪化させている」などの批判が、支援者に浴びせられる。ここで繰り返されるのは「偽善者非難」である。こうして支援者もまた、いつ転がり落ちてもおかしくない場所で、被害者の告発を支えることになる
だが、あまりにも非当事者を軽んじたり適ししすぎたり、愚かな存在だとみなし過ぎではないだろうか。
そして、当事者にしか知り得ない重みがあるからといって、当事者を特権化し過ぎではないだろうか。
実際に「当事者」としてその重みを経験したら、手のひらを返す可能性があることを承知のうえで言うけれどそれでも、「非当事者」との壁を作りすぎているような気がする。
あなたが当事者として活動している時、非当事者には敵しかいなかったんだろうか? 支持してくれる人はいたのではないか?その人達は、何の役にも立たなかったのか? と問いたくなる。
そして、font-daさん自身、勝手に当事者にさらに余計なものを背負わせているのではないか。
尾根を越えようとする被害者は、内海や内斜面にいる被害者に背を向けなければならない。でも、ほかの被害者たちは、尾根に向かう被害者を見ている。あの向こうの世界に到達できるかどうかを、かたずをのんで見守っている。もしかすると、尾根を越えることによって、次の被害者も尾根を越えようとするかもしれない。また、尾根を越えられなかった被害者を見て、そのあとを引き継いで尾根を越えようとする被害者もいるかもしれない。尾根から内斜面を滑り落ちる被害者を受け止めようとする被害者もいるかもしれない。
これ、当事者が自覚して背負うぶんには構わないが、別に「当事者はこれを背負っている」を自明のこととして語る必要はないはずだ。
私がなにかにおいて当事者として告発をするとしたら、それは何よりも自分のためであって、別にネットの為ではない。他の人が続くかどうかなんて関係ない。
実際私は今回ヨッピーさんに対して結構強めの批判を書いた。
論が正しいかどうかというとそうではないかもしれないし、重みはぜんぜん違うのは判っている。一緒にするなと怒られるかもしれないが、どれだけ小さくてもこれも一つの「告発」だと思っている。
ブコメでみんなでわいわいとコメント書いてる人にはわかりにくいだろうが、ヨッピーさんというネットの人気者に対して、私のような小物が批判を書くのは結構しんどいことだ。
今書いているこの文だって、無知な私が、専門的な知識があり、当事者の経験をもつfont-daさんに言えることなんてないのでは、と迷いながら書いている。
実際、書き終わって投稿する時まではテンションが昂ぶっていたからなんとも思わなかったが、
起きてからその反響を見たら怖くなり、冷静になって見ると自分の文の至らなさや粗が見え、すぐに謝りたくなってしまった。
やっぱり少なからず人から批判コメントも飛んできている。 数は全然少ないが、わたしにも「小さな告発をした人間としての責任」を問うブコメをしている人もいる。
ただ、こういう「小さな告発」をする際に、別に周りのことを背負うつもりなんて無いしそんなものを押し付けられて貯まるか、と私は思っている。
私は、私の怒りや納得できない気持ちを表明するだけだ。
それで書いてる内容が間違ってたら批判されるのは当たり前だと思ってるし、書いたことによって誰かに対して責任を負うつもりもない。
それは、文章読んだ人間がそれぞれ好きなように受け止めて考えろよ、って思う。
などなど、いろいろとモヤモヤしている。
「告発者」と「支援者」の関係も重要性もわかるのだが、別に我々が全員「支援者」の立場になる必要はないし無理でしょうそれは
我々は「参加者」ではあるが、別にそこまで引き受ける必要はない。「支持者」にはなっても、「支援者」を求めるのは無理がある。
蒸し返すようで申し訳ないけれど、ヨッピーさんの誤りは、全員に「支援者」を求め、「支援者じゃない人間はすべて非当事者という敵」という図式で認識したことだと思う。
これも前の記事で書いたけれど、そういうことがお望みであるなら、NPO法人とかの組織を作って、メンバーに制限をつけたらいいだろう。
そして「カタリバ」などのように、支持者についても「1口1000円からの支持」などのハードルを付けたらいい。それなら、非当事者は口を出す資格はない。
実際、今回の動きを見ていたら、そのくらいギチギチに絞ったほうが良かったのではないかとすら思っている。
そうすればはあちゅう叩きをするような人もいない代わりに、フミコフミオさん、田端さんなどのゲスな方々も発言しなかっただろうし。
……いったい、どうすればよかったんだろうね。
まとめ
今回の件はともかくとして、「支援者」にはなれないけれど「支持者」として関わる道は無いものか。それともやはり「支援者」でない「非当事者」は要らないのか。
それについて、font-daさんの考えをお伺いしてみたいのです。多分、この問題、貴方が一番くわしく、きちんとした知見をお持ちだと思っているので、是非お聞かせ願いたいです。
もちろん「◯◯は嫌いだけど支持する」は答えではないと思っています。
こう言ってた人たちは、それでも敵ではなかったはず。
この次にどう進めばよかったのでしょうか。私には良い答えが思い浮かびません。
「魔女の家 エレンの日記」 エレンの表情の変遷が本当に素晴らしい
評価★★(個人的評価★★★★)
私は影崎由那さんのファンです。この人は「かわいい」と「悲惨さ・血なまぐささ」が併存してるストーリーを描くことが多いのですが。喜怒哀楽が非常にわかりやすい絵柄とこのストーリーの相性が素晴らしくよいんですよ。おかげで憎しみ・軽蔑といった負の感情からはじらい・喜び・好意といったプラスの感情まで登場人物の感情の振れ幅が非常に大きく、それを絵でしっかりと表現することで私を楽しませてくれます。
ストーリについても、単純に女の子がひどい目に合う作品はもちろん嫌いなのですが、過酷な運命にさらされながらも、心を殺さずに強い意思をもってそれに立ち向かう主人公としての女性、みたいな展開なので王道的な面白さがあります。サツバツ!な印象を受けるかもしれませんが、実際に作品の雰囲気はそんな感じで暗めなのに、女の子は本当にかわいくて、そのギャップがとても良いです。
というわけで、この人が「魔女の家」のコミカライズを担当していると聞いて飛びつきました。読んでみたら思ってた以上の出来でとても満足です。
ゲーム版「魔女の家」の前日譚
あれほど両親の愛を求めていた昔の自分を、冷めた気持ちで見つめていた。
私の欲望なんて、健康な身体と暖かい寝床、それに知識欲が満たされれば上塗りされてしまうものだったのよ。
この作品は、フリーゲーム「魔女の家」に登場した「魔女エレン」側を主人公とした物語です。ゲーム版「魔女の家」は、ホラーとしてよくできておりED分岐もあって楽しめる作品でした。作品が進むごとに違和感が増していき、その答えにたどり着いた時の驚きや、その後味の悪さから、記憶に残るゲームですよね。
ゲーム結末を知っていると「魔女エレン」はひたすらに極悪非道なキャラに見えるでしょうが、この作品では彼女がどうやって形成されていったのか、その成り立ちを知ることができます。
エレンと「魔法使いの嫁」のチセ、なぜここまで差がついたのか……
作中ではほとんど会話がなかった「悪魔」とエレンの会話が中心であり、彼女が、少しずつ闇に染まっていく感じがたまらないです。
しょっぱなからハンデを背負っていたけれど、両親の愛をもとめて得られず、「怪物」に見いだされてその世界に飛び込む、というのは「魔法使いの嫁」のチセと同じなのに、そこからの展開はまさに天地の差。チセは魔法使いに大事にされ、愛されることを知り、自分も相手を愛することを許される。読むセラピー。
しかし、こちらのエレンを見出したのは「悪魔」だった。これと比べたら、キュウベエの方がなんぼかかわいいと思えるような存在。明確な「意思」をもってエレンを絶望させ、それを楽しむ悪趣味なやつだった。
君は寒かったんだろ?あの路地裏で家も何にもなくなった君はどこか暖かい場所が欲しかったんだ。僕は君の望むものを与えたんだよ感謝されこそすれ、恨まれる覚えはないけどなぁ。暖かい食事、知識、友人。あ、友人ってのは僕も入ってるよ。それに健康な身体。 まぁこれは見せかけだけどね(笑)
君は知らなかったんだ。だから知る必要があった。君が、どれだけ不幸な子供だったかってことをさ。
生まれてから温かさを知らない人間は、ただ単に凍えて死んでいく。
でも、温かさをしった人間は、自分が今寒いと知って死んでいく。だから、不幸だ。わかるかい?君は不幸だったんだ。
あのまま死ねたら君は幸せだったんだよ。
君は、自分がどれだけ不幸か知るべきだったんだよ。
この時のエレンの絶望の表情、影崎さんの本領発揮で、素晴らしいです。
人を絶望させるのは悪魔にとって序の口、そこからエレンが魔女として染まっていくまでの描写がエグい
しかも、絶望させて終わりではないのがこの悪魔のひどい所。
他の健康な人間への憎悪を植え付け、欲望をこれでもかと煽り、どれほど欲してもそれが決して手に入れない現実を叩きつけて絶望させた後、うなだれるエレンにそっと囁いてくる
そうやって気に入らないものはすべて殺すの?いいね、すごくシンプル。僕は君のやり方は好きだよ。でも、他にやり方があると思うなぁ。
寒いと叫べることは大事なんだよ、エレン。
君には望みがあるだろう、言ってごらん、エレン。
君がほしくてたまらないものがあるだろう。君は、愛されなかった。誰からも。
お父さんは君を見ていなかったし、お母さんは君を捨てようとした。君は愛されたかったのに。愛したかったのに。そう、その病気のせいで愛されない。おかしいよね?愛されてはいけない理由なんてないのに。君は愛されるべき人間であるはずなのに。ねえ。
あの少年だって、君が病気だって知ったら、君を見捨てた。ひどいよね。全ては、君が病気であるせいだ。
君はもう、何が欲しいか自分で知ってるだろう?自分が本当に心から何を望んでいるか、わかっているだろう?君はもう、あの冷たくて暗い路地裏に戻ることはできないはずだ。
…ねぇ。
病気を治す魔法、教えてやろうか?
この「取引」を断って死を選べる人間なんているだろうか。
このあたり「似たようなシチュエーションはまどマギで見た」っていう人いると思うけど、絵が素晴らしいのでぜひ絵を見てほしいです。
まどマギってこのあたりの精神的にグロい部分、黒塗りにしちゃったじゃないですか。
この漫画は、この取引のシーンでエレンがどういう表情をしていたのか描くんだよね。
その時、私は知った。
ワツァイはこいつから逃げられないのだと。
そして私も、もう逃げるつもりなどないのだと。
私はもう戻れない。戻る道などなかった。
後悔?罪悪感?
そんなものはなかった。
だって、私は病気を治したかったから。
愛される身体を手に入れたかったから。
受け入れる前後のエレンの表情が本当に素晴らしいです。
ここからはどんどん壊れていって、最後の方はもう立派な魔女の表情になっている。
私は人間を殺すことが好きだったわけじゃないの。
だってそうでしょ?
人間だって、食べるために生き物を殺す。
私がしているのもそれと同じなの。
と、いうわけで。是非絵目的で読んでみて欲しいです。試し読みとかAmazonでなか見検索もできますが、私は一話はあんまり好きじゃなくて、とにかく4話~5話の表情の変遷を見て欲しいので難しいのう……。
魔女の家 エレンの日記 1 (ドラゴンコミックスエイジ か 1-4-1) | ||||
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ストーリーよりも。とにかく絵が良いです。 ……っていうか、私、絵が良いしか言ってませんね。
マンガを探すなら検索するより本屋に行こう
私がおすすめマンガまとめを書くことにあまり積極的でないのは、私が比較的都心部に住んでいて、よく本屋さんでマンガを買うから。
これは私の意見なのだけど、いまおすすめの漫画を読みたいなら、ほとんどの場合、ブログのまとめよりジュンク堂書店のマンガコーナーに行ったほうが絶対に良い。
ジュンク堂のマンガコーナーよりもしっかりした、ここ行っただけでは出会えないようなマンガを紹介してくれるブロガーさんは、もちろんいるのだけど、基本的におすすめマンガまとめ、のような記事を作ってない。「俯瞰的なもの」が読みたいなら良いコミックさんとアキバブログの二つだけでいいと思う。あとかーずSPさんくらいじゃないかな。
10作品以上の紹介を一つの記事でやろうとする人は、その時点で基本的には読む価値がないくらいに思ってる。それを読むくらいなら本屋行って自分で探したほうが、絶対に楽しいと思ってる。人に勧められたものを読むのも楽しいけど、自分で探して出会った作品って、それだけで愛着持てるよ。意外な出会いもあるし。そうやって、自分なりの出会いをして自分なりの紹介をしてくれてる人の記事読みたいな。
って私のワガママでした。
住んでるところが田舎で移動圏内にアニメイトもブコフもその土地ならではの書店もないというなら仕方ないけど、たまにでいいから、自分で探してみてほしいです。今の世の中、ネットで触れる情報消化するだけでも大変だと思うけど、あえてそこを減らして自分で、調べて見てほしい。
口で言ってもあれだから、今日本屋に行っておすすめされてる本を見て来て、近日中にまとめて紹介してみることにしようと思います。
最近すいたいしてるとはいわれてるけど。本屋さんって、やっぱりいいなというか、ネットのおすすめがイマイチに感じてしまうのは、やっぱり思い込みなのかなあ、、、
buzzfeed古田さんの記事への違和感
はあちゅうと #metoo への批判 ハラスメント社会を変えるために共感を広げるには
を読みました。
まず、はあちゅうさんの告発の経緯の部分の説明は簡潔で納得度が高いものだと思います。これ読んだらいい加減、「本の販促のためだ」というのはさすがにもう言えないと思います。悪意を持ってとらえるにしても「岸勇希さんへの対抗策を講じなかったBuzzFeedさんが無能」くらいが限界であってはあちゅうさんの故意という意見は完全に否定されるべきです。今後、それでも「はあちゅうの販促だよ」って言う人は、もう事実なんてどうでも良くてはあちゅうを叩きたいだけの人、ということになるでしょう。
他に引用されている記事も素晴らしいです。引用されている記事はどちらも読む勝ちがあると思う。
When #MeToo Goes Too Far - The New York Times
#MeToo が嫌いなあなたへ
引用されている記事そのものは素晴らしいのだけれど、その記事を引用して書かれているbuzzfeed 古田さんの記事についてはあれれ?ってなる
繰り返しますが、引用されているふたつの記事自体はどちらも素晴らしいと思います。
ただ、私は先にBUZZFEEDの記事を読みました。そのあとに、この2つの記事を読むと、明らかにbuzzfeedの記事の主張とズレを感じたんですね。
あれ、「buzzfeedは、この記事をそんな風に紹介してなかったよな?」って思ってあれれ?となったんです。
BuzzFeed編集長である古田さんは、それぞれのこの記事の主眼部分と違うところを抜き出して、自分の主張に利用していると感じました。
そういう引用の仕方をするのは必ずしもダメと決まってはいないかもしれませんが、こういう変なことをされると、「なんか意図があるな」って考えちゃいますよね。
1 記事の趣旨を無効化するような引用の仕方
1つめのNew York Timesの記事の主眼はこの部分だと思います。
記事のタイトルだって「#MeTooが行き過ぎた時には」だし、記事の趣旨は「重大な犯罪と小さなものは区別されるべきだけれど、自分たちのことだけいいすぎて、他の人の意見を黙らせようとすると(STFU)運動自体が上手くいかなくなるよ」って言ってるわけですよね。私が「佐々木俊尚や糸井重里さん、深津貴之さん、ヨッピーさん、フミコフミオさん」など、今まで活動をダメにしてきた人に共通して見られた態度と指摘した部分です。
やっぱり、アメリカだとそういうアタリマエのことが指摘されるわけですよ。日本のネットインフルエンサーはなぜかそういうことを指摘すると感情的でロジカルじゃない、などと見下す人ばかりで残念です。
It will not serve the interests of women if #MeToo becomes a movement that does as much to wreck the careers of people like Henderson as it does to bring down the Weinsteins of the world. Nor will it do much to convince men that #MeToo is a movement that is ultimately for them if every sexual transgression, great or small, vile, crass or mostly clumsy, is judged according to the same Procrustean standard.
Now to the inevitable rejoinder: You’re a guy. What do you know? Or, as Minnie Driver told The Guardian: “The time right now is for men just to listen and not have an opinion about it for once.”
Listening is always essential. But one-way conversations go down about as well with most men as they do with most women, and #MeToo isn’t going to succeed in the long run if the underlying message is #STFU. Movements that hector and punish rather than educate and reform have a way of inviting derision and reaction.
Every woman, and every thoughtful man, is rooting for #MeToo to succeed, not just by exposing male misbehavior but also by transforming it for the better. It won’t get that far if people like Gillibrand and Driver drive its high ideals and current momentum into the ground.
で。
いちおうBuzzFeedさんもこの部分を紹介はしています。ただ、この部分が記事の主眼部分のはずなのに、「一方で、前述の「When #MeToo goes so far」 には、こうも書かれている」と、この部分より前半の導入部分のほうが大事であるような引用・紹介の仕方をしている。
まぁいちおうNew York Times自体が両論併記的な記事だからいいのかもしれないけれど、「順番」が気持ちよくない。
2 唐突に引用して何の言葉も添えない。しかもやっぱり主眼部分と違う
2つ目の記事についても引用の仕方に違和感があります。
そして、もしもあなたが#MeTooに興味がないなら、ブラックな働き方やセクハラやパワハラや人権侵害が横行しても声をあげることができない世の中に住み続けたいか、助けを求めると袋叩きにあう世の中に暮らしたいか、自分の子どもをそこに送り出したいかを考えてみてください。答えがYESなら、あなたはそうやって暴力を振るってきた人間でしょう。もしもNOなら、あなたは #MeTooの一員なのです。そう、あなたが男性でも、性暴力の被害者でなくても。
buzzfeedはこの部分を引用しているが、これは小島慶子さん的に望ましい引用の仕方だなんでしょうか。そもそも、BuzzFeedさんの文章を読んでいたら、小島さんの記事の引用は必然性がなく唐突な上、それに対する古田さんの意見もない。なんのために、この記事からこの部分を引用したんですかね? 少なくとも、私は自分が小島さんの立場だったら、自分が書いた文章についてこういう引用のされ方をするのは嫌だなぁと思いました。
サブタイトルに「男性が女性を叩き、女性が男性をなじっても、世の中は変わらない」と書いてあるわけだし、小島慶子さんの記事を取り上げる時、特段の理由がないのであれば引用すべきは「MeTooは男も女も区別しない」「男と女でいがみ合わないで欲しい」という部分を引用すべきだと思うんですよ。
「男を悪者にするな」と男性が女性を叩き、「女をひどい目に合わせたのはお前だ」と女性が男性をなじっても、暴力と支配に泣き寝入りする世の中は何も変わりません。ますます声があげられなくなるだけです。なぜ、声があげられないのか、なぜ、暴力や不正がまかり通るのか。それを可能にしているのは、社会のどんな仕組みや慣例なのでしょうか。「男も女も老いも若きも、どんなにひどい目にあっても黙って耐えるのが美徳です」と刷り込んで、一番得をするのは誰なのか、よく考えなくてはなりません。「もう、そんなのたくさんだ!」と声をあげるときが来たのです。今の日本にこそ、それは必要ではないでしょうか。
「男の人であるあなた方も声をあげてええんやで」っていう趣旨の部分を引用するのが自然だと思うんですよ。なんで、あえてその「人の分断を狙っているような表現」の部分だけを切り出したんでしょうか。読み手からすると、唐突に今までとつながりがあまり感じられない引用をした上、それについて古田さんは一切補足説明もしない。それってもう本当は古田さんの意見だけど、なんか反発されそうだからあえて小島さんの記事を引用して小島さんに盾になってもらう、ってことなんでしょうか?
そもそも、その点について小島慶子さんがOKと言ったとしてもまだ違和感があります。
BuzzFeedさんは、NewYorkTimesの記事から
一方的な会話は、多くの男性が女性にそうしているようにダメになる。「#MeToo」も、それが「黙れ。私の言うことを聞け」ということを意味するようになるなら、成功しないだろう。
という部分を引用したわけですよね? 意見の押しつけになるようなことを言ったら反発を招いて運動が失敗する、という知見を引用したんですよね?その後で、「MeTooに参加するか、そうでないならあなたは暴力をふるってきた側の忍伝です」などという二択を迫るような部分を引用するのは、記事内で矛盾が起きていませんか?
小島慶子さんの記事自体はまともなのに、この部分だけ抜き出したら「異論があるやつは敵だ」=「黙れ、私の言うことを聞け」ってメッセージになっちゃうじゃないですか。なんで「こういう態度はダメですよ」って記事を紹介したその記事内で、古田さん自身がそのダメなことをやってるんですか? それって矛盾じゃないんでしょうか。
とはいえ、私もマンガからよく記事を引用するけれど、こういう風にあちこちから引用する時に、バッティングが起きるのはよくあるので、そのあたりはプロの編集者でも難しいのかな、くらいの理解でいいのかもしれません。
小島慶子さんは聡明な方だと思うし、今後は彼女を中心にして運動するのは良いことだと思います
とりあえず、海外の動きとしては
#MeToo運動について思うのは欧米では言論社会が男女や左右の対立から上下の戦いに完全に移行したということ。日本もじきにそうなるだろう。そういう意味で、はあちゅう氏やヨッピー氏、田端氏はむしろ駆逐される側
ということのようです。
小島慶子さんはそのあたり理解されてて「まずは岸を叩く運動に協力しろよ」といったり、男女の間どっちもどっち状態に陥りそうなところを、ちゃんと男性も女性も、弱者どうし連帯しましょう、という話をされている。(古田さんが引用した部分だけは、分断を煽るような文章になっている)
BuzzFeedはその彼女の主張を真っ直ぐに伝えればいいと思ってます。 今回の古田さんのような記事はあまり好きじゃないです。いろいろ難しい状況だとは思いますが、ただでさえ不信感が高まってる時にこういう記事はあかんでしょ、、、
Under the Rose春の讃歌 10巻
評価★★★★(個人的評価★★★★★)
最後のページ見て、思わず涙が出てしまいました…… 彼女はいろいろとひどいことをしたけれど、やはり可愛そうな女性で、とても悲しい。
過去の本作品について書いた感想記事へのアクセスが急に増えてたからチェックしてみたら、1年半ぶりに新刊が出ていたのを知り購入して読んだ。
……のはいいんだけど今読むにはキツイ…ほんまにキツイ。まさにこの作品は、貴族の館の中でネットで話題になっているパワハラセクハラのオンパレードだからだ。
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この作品は、「エマ」と同じく19世紀の英国を舞台に、ある貴族の家庭の物語を描いている。
器量が良すぎて不採用続きだったレイチェル・ブレナンが、ロウランド伯爵家の家庭教師(ガヴァネス)として採用されるところから物語が始まる。牧師の娘として厳格な倫理観の持ち主であるレイチェルは、妾や庶子を持つアーサーに強い不快感を示すが、アーサーの子供達に対する深い愛情を知り、子供達に理想的な家庭を与えるためにアーサーと正妻であるアンナの仲を取り持とうとする。しかし、奇妙な均衡を保っていたロウランド家はレイチェルの努力によって徐々に歪みを露呈し、レイチェル自身も押し殺してきた自らの心の闇に苛まれるようになる。
8巻の時点でもう家庭崩壊しまくっていたわけだけれど、貴族の家の家庭崩壊というのは、その家族だけの問題ではなく、使用人たちにも影響する。暴君として振る舞う母親によるパワハラや愛情や教育が行き届いていない貴族の子らによるセクハラ、が吹き荒れる。
家庭教師レイチェルは、それにまっとうな倫理で立ち向かおうとするわけだけれど
歪みながらもなんとか機能していた家庭を壊そうとした人間として、立ち向かおうとした母親だけでなく使用人からも白い目で見られ、◯◯◯されたりと散々ひどい目にあう。
彼女は被害者なのに、彼女は美人だったし、他の使用人よりは待遇が良かったから、身体を売って館の主人に取り入っているなどの口さがない誹謗中傷にもさらされる。(もちろん比較してよいものではないが)ネットにおけるセカンドレイプとかいうのが生易しく思えるような状況で、それでも彼女は「子どもたちを守ろう」「自分の信じていた倫理観を守ろう」と頑張っていたが、じわじわと傷ついていき、ついにこらえていたものが決壊する。それでもなお、様々な事情から、やめることは出来ないし、その被害を誰かに訴えることも出来ないのだ。完全な生き地獄である。
実際、子どもたちのために頑張っていたのに、とどめを指したのが子どもたちの無邪気な言葉で崩れ去るブレナンの姿は本当につらい。
何が正しくて、何が間違っているのか。
このいびつで美しい、このロウランドの中では
本当の神の教えも、当たり前の善悪すら 私には……
前にも書いたけれど、最終的な結末を「Honey Rose」を読んで先に知っているから耐えられるけど、かなりしんどい。このあと彼女が立ち直れるのだろうか……。
また、こういうパワハラセクハラの被害にあって、しかも泣き寝入りをしなければいけないのは当然彼女だけではない。場合によっては文字通り「抹殺」されたメイドもいる。10巻に出てくるエピソードはこんな感じだ。物語の中盤で、貴族の息子であるアイザックに、勇気を出して忠告をしたメイドはいつのまにか館からいなくなっていた。アイザックはその後、レイチェルの教育や触れ合いの中から、いろいろ学習して思いやりの心を使用人にたいしても持つようになるが、そんなアイザックがメイドと再会するシーンがある。
「あれ?俺の部屋係だよね」
「人違いです」
「え?そのくるくる前髪、見間違えないよ。
前はグレースの部屋係だった印だ。
待ってよ、なんで急に、俺の部屋の仕事しなくなったの?」「失礼します…!」
「ごめんなさい。
俺、もういたずらとかやめるから。
虫とかカエルとか持って帰るのやめるから。だから……」「ぼっちゃん、私はロウランドを首になったんです」
「なんで……」
「私が使用人の心得を忘れて、坊っちゃんに失礼な口をきいたからです。
坊っちゃんの部屋係として私はふさわしくなかったからです。
ミス・ブレナンが、ミセス・マージにとりなしてくれて
私は、母の名前で別人として館の外で使用人の世話をする下働きに慣れました。
坊っちゃんのお世話係だった、お館の使用人の私はもういないんです。」「そんなの、おかしいよ。
叱られることをした俺が悪いんだ!戻ってきてよ!」「ぼっちゃん、分かってください。
私は村に祖母がいて、心配だから遠くでは働けません。
仕事がなくちゃ生きていけないんです。
私を思いやってくださるなら、どうか私のことは、忘れてください」
こんな感じの描写がたくさんあって、この時代の話に現代の私が口出しをできるものではないかもしれないが、それをおかしいと思い、立ち向かおうとしたレイチェルがひたすら悪し様に言われるのは怖いですね。
しかし、ではパワハラをしまくっている女主人のアンナが絶対的な悪かというと、
彼女は彼女でめちゃくちゃ可愛そうな境遇の人間なんですよね。(7割くらい彼女が悪いけど)
これは重大なネタバレになるからやめておこう……。
そんなわけで、私がこの作品の感想書く時、いつも読んでてしんどい、しか言ってないような気がするのだけれど、どうしても彼女が報われるシーンが見たい。 なかなか新刊が出ないのもしんどいけれど、なんとか最後まで見届けたいなと思います。
この作品は好きなので、毎回感想書いてるなー。
Under the Rose 9巻 - この夜が明けるまであと百万の祈り
Under the Rose 8巻 - この夜が明けるまであと百万の祈り
忘年会
今年の私(カモネギにされました、、、)
「金田一少年の事件簿」全話まとめて振り返り シーズン5(EP38~EP42)
とにかく年内に読み終わるのじゃー。
エピソード名 | 犯人 | 動機 | 生死 | 高遠の関与 |
EP38 雪鬼伝説殺人事件 | 月見里光(20) | 恋人の復讐 | 生存 | ✕ |
EP39 亡霊校舎の殺人 | 遠間もえぎ(19) | 先生の復讐 | 生存 | ◯ |
EP40 狐火流し殺人事件 | 神小路陸 | 家族の復讐 | 生存 | ✕ |
学生明智健悟の事件簿 | 美国礼奈(22)&名鳥めぐみ | クズ男の抹殺 | 生存 | ✕ |
EP41 蟻地獄壕殺人事件 | 舞谷かえで(20) | 恋人の復讐 | 生存 | ◯ |
EP42 吸血桜殺人事件 | 葉崎栞(22)&冬部蒼介 | 過去の償い | 生存&死亡 | ✕ |
EP38 雪鬼伝説殺人事件 評価★★★
「悲恋湖殺人事件」をベースとして、「殺人者が消える」のではなく「殺害された被害者が消える」という応用がされている。前準備がとてもしっかりしており、発想が大胆なものになっている。
①トリック要素はとても好き
何度も書いてるけど「金田一少年の事件簿」の殺人事件は本格的なのはよいが、本格的すぎるために「舞台を用意した人間以外不可能」なものが多い。それか「途中で離脱する」など明らかに大げさな行動を取る人がいる。これについては「連載中に読者が探偵役として参加できる」というコンセプトがあるためか作者も自覚的にやっているようで、同作者の「探偵学園Q」でははっきりとそのことを講師が生徒たちにその話をしている。
そして、このエピソードでは、不自然感を軽減するように、舞台の設定をできる人間が複数用意されており、人選もランダムであるように見せかけ、殺人トリックも思いつきさえすればその人間でなくてもできるように工夫されている。そういう「メタ的な」部分で作者が自らの作品を観察して改良を加えているのが伺える。トリック的な部分はとても気に入ってます。
②逆に、人間的な描写はちょっとうーん、って感じ。
これも繰り返し書いているけれどこの作者さんの偏見なのか、編集部が「読者はどうせこんなイメージなんだろ」なのかわからないけれど東大や京大に対する変な誇張とか、IT企業社長やネットユーザーに対するネガティブなイメージとか、キャラ造形がコテコテ過ぎて、ちょっと食傷気味になる。一方でこのエピソード、犯人が殺そうとした人間は3人いて、一人は生き残るのだけれど、その人間はエグイいじめをやっていて、それが原因で殺されかけたのに、いざそれが明らかになっても全く反省する素振りがない。とにかく、犯人は殺されても同情すらできない、というイメージを演出したかったのかな。
また、とにかく金田一ワールドにおける殺人犯は、早とちりが多い。入念に殺人計画を立てるのに、そもそも殺人の動機が勘違い、ということがよくある。今回もそのケースだ。第一、お前もデブだからといじめられてた子に、親しみを込めているのはわかるが「ブー子」ってあだ名を使い続けてるし、何考えてんだよっていいたくなる。オチを前向きにしたかったからというのはワカルけど、いろいろひねりすぎたかなと。
③余談
シーズン3から美雪に違和感を感じていたのだけれど、シーズン5になってから「年が2歳くらい幼く見えるようになったけれどこれはこれで可愛い」というところに落ち着いてきたと思う。
EP39 亡霊校舎の殺人★★★
今回は高遠登場回。薔薇十字館の時から高遠の目的は以前とは変わっており、今回も殺人計画やその設備を犯人に授けるものの、殺人計画そのものにはあまり固執しなくなっています。金田一に見破られてもたいして気にしてない。
一方、金田一に先んじて200kgの金塊を発掘して手に入れるなど、着々と自分の目的は進行させています。 参考までに見てほしいのは「金のチャート」。作品中では200kgの金は9億円相当と言われていますが、金の価格って結構変わるんやで。これは円チャートですが、ドルだともっと面白いので是非チェックしてみてね。
https://www.rakuten-sec.co.jp/web/commodity/lineup/gold/long_chart.html
①トリックは2つめまでかなり好き。3つめはいまいち
EP38で述べた「誰がこの舞台を設定したんだ?」について、高遠が出てくることでそちらはあっさりクリア。それでいて、薔薇十字の時同様、大掛かりなしかけてアリバイトリックを成立させています。もう毎回高遠に関与させればいいんじゃないかな……。
二つ目までの殺人はシンプルながら、この舞台でなければ出来ない良いしかけだったと思います。 逆に言うと、2つ目までのできの良さと比べて3つ目の殺人は私でも犯人がわかってしまうくらいで、これは高遠さんマジで反省した方がいいと思う(笑)
②動機面はいまいち
マジで、この犯人心の闇抱えすぎ。明智さんが言ってる通り、この案件は普通に警察マターに出きた話だろう。復讐と言うにもちょっと行き過ぎている気がする。高遠が声をかける前から殺すつもりだったという発想になるのは、この犯人がちょっと精神的にイッちゃってるという個人の問題だと思う。教頭先生の意思を台無しにしているしあまり納得できない。
ラストシーンを見てもこの犯人救われてる感じしないしいろいろと説得力が弱い。
EP40 狐火流し殺人事件 評価★
前にも書いたけど、こういう殺人事件は読んでて萎えるからあんまり好きじゃないです。友達相手なのに殺意高すぎだし、そのことにあまり納得できないぞ……。ただ前回よりは、コミュニケーションの齟齬が起きてしまったことに対する説明や、恨みが募る期間が長くなってしまったことなど、説得力のある形にはなっているかなと。
学生明智健悟の事件簿 評価★★★
テーマは「女性をレ◯プする野郎は死ね」
若き日の明智健悟と、警部補時代の剣持さんの出会いとなるエピソード。
僕は、なれなかったんですよ。「ただ一人のためのヒーロー」にはね
短い話だけれど、トリックもしっかりしてるし、動機も納得が行く。
自殺を考えるところまで追い詰められるけど、殺されるくらいなら殺す。クズ野郎の犠牲者がこれ以上増えないようにするためにも殺す、という展開はかなり納得できる。いじめられたりレ◯プの被害にあった人は、もっと犯人を社会的に頃しやすい社会になって欲しいですよね。
この事件のアリバイトリックは、応用度高そうだから覚えておきたい。
EP41 蟻地獄壕殺人事件★
高遠登場回のせいか、殺人事件そのもののテーマ性は弱い。
犯人。舞谷かえで。久々のいつきさん登場。いったい何話ぶりだろう。
ところでEP39で、もう全部高遠に関与させればいいんじゃないかな、とか適当に書いてたら今回も高遠登場してた。いつきさんと高遠が一緒になった回はないから、わざわざ金田一関係を調べてセッティングしたのかな。高遠さん、金田一のこと好きすぎるよぉ……。そして、またアリバイトリックに利用される七瀬美雪。この子本当にメンタル鋼すぎるんではないか。
殺人の舞台はかなり大掛かりで、金もかかっているのだけれど、そのわりにやってることはしょぼかった、という印象。特に「主催者」をせっかくぼかすことはできているのに、犯人が部屋割りの際に、積極的に自分が仕切ろうとしていたり、相手の防御次第でいくらでも計画が狂いうる仕様になっており、完全犯罪とか芸術犯罪にこだわっていた頃の高遠と比べると、かなり投げやりな感じする。終わり方を見ても、明らかに話数が足りなかったのか、あっさり目だし、今回は高遠が何をしたかたのかもさっぱりわからぬで不完全燃焼巻強い。
今回面白かったのは、強制ではなく自発的にみんなをバラバラにする仕掛け。もうちょっと綺麗に使いこなせてたらすごいなぁってなってたと思う。
EP42 吸血桜殺人事件★★
テーマは「桜の木の下には屍体が埋まっている」と「加害者の償い」。ついでにいうと、この作品は被害者家族がその後全滅しており、「被害者家族の悲劇」も含まれそう。
櫻の樹の下には、屍体が埋まっている。
これは信じていいことなんだよ。
何故って。桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。
俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。
しかし今、やっと分かるときが来た。
桜の木の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ。
「血のように美しい桜によって人が狂う」というテーマは本当に良かった。
殺人事件が三層に重なっており、すべてが美しい桜でつながっている。
その構造はとても好き。
ただ、そのテーマの描き方としてはやや不満も残る。
ただ、その桜に狂った人たちを描くことを重視しすぎていちばん大事だと思われる冬部さんの描写が今ひとつだったかなぁと思う。
冬部さんの行動が納得できるかどうかで評価がわかれそう。私はここをもっと丁寧に描いてほしかった。殺人事件において、ホワイダニットはとても重要だとおもうし、冬部さんの行動は今までのエピソードの中でもとくに詳しく説明される必要があったと思うんだよね……。
なんだか、「異人館ホテル殺人事件」の時の文月花蓮の時なみにやりきれない気持ちになる……。
今後仮想通貨について語るなら、最低限理解しておきたいこと
こちらの記事が話題になっています。
Ten years in, nobody has come up with a use for blockchain
これについて、上杉秀作さん(chibicode)がゆるく翻訳してくれていたのでみなさんも是非読んでみてください。
今後この記事で書かれているレベルの内容すら踏まえずに発言している記事があったら、その人は信用すべきではないでしょう。
「仮想通貨には大量の資金と労力が投下されたが、まともな使い道は通貨投機と違法取引だけだ」
先週公開され、既にMedium上で2万4千回いいねされた仮想通貨の記事をゆるく翻訳します。
— Shu Uesugi (@chibicode) 2017年12月29日
題名「発明から10年もたったのに、誰もブロックチェーンを有効活用できていない」
冒頭「仮想通貨には大量の資金と労力が投下されたが、まともな使い道は通貨投機と違法取引だけだ」https://t.co/QxjdjlJj9apic.twitter.com/w9GNAHhmwy
(1)ブロックチェーン技術がもたらすと言われているものは、そもそも必要とされているのか?
ブロックチェーン技術を使えば、支払い、契約書、第三者預託、投票システムなどが、非中央集権的で暗号化された匿名台帳で管理できるといわれている。 しかし、本当にそんな台帳は必要とされているのか? まだ利用が進んでいない理由は、分散匿名台帳を必要とする人が、そもそも殆どいないからでは?
(2)安価で中抜されない価値の交換としての需要について
元々のブロックチェーンの存在理由はビットコインなどの仮想通貨を支えるため。「仮想通貨があれば、VisaやMasterCardという巨人に中抜きされず、一瞬で価値を交換することができるようになる。金融システムの次は政府だ。国という括りに縛られず、個人が価値を交換できる時代が来る」と言われている。だがそれは夢のまま終わってしまうかもしれない。
まず、安価で中抜きされない価値の交換方法がほしければ、すでに「現金」が幅広く使われている。 そして、仮想通貨は通貨だが、VisaやMastercardは通貨の上のレイヤーで「不正請求への対処」「買い手・売り手の本人確認」などの価値を提供している。
人は何かを買うとき、買ったのが不良品だったら返金されるという安心感を決済方法に求める。 そして人は何かを売るとき、顧客が使いたいと思う決済方法を使う。 この事実があるから、現状ではポイント、カードローン、マイルなどが広まっている。 殆どの人は、ビットコインで支払おうとは思わない。
(3)決済方法としてのビットコインについて
また決済方法としては、ビットコインは非効率的だ。Visaは毎秒6万件の決済を捌けるが、ビットコインは毎秒7回が限界。技術は向上しつつあるが、現状はVisaの0.01%のレベル。 ちなみに、ビットコイン決済の使用電力はVisaの35倍と推定され、全世界の電力をかき集めてやっとVisaと同じ決済量を捌ける。
政府抜きに取り引きができる点について どの国でも、個人情報の一部を政府の手に渡さないのは望ましいことだ。 キューバやベネズエラではドルで取り引きが行われていて、いずれビットコインに代わるかもしれない。
しかし、これが広まらない理由は、政府が社会や個人にとって都合良い存在だからだ。米国政府が規制する金融機関は、預金の保証、ACH(小口決済)の返金、本人確認、監査制度、問題が起きたときの捜査制度が整っている。 匿名で分散型であるビットコインはこの制度が作れない。 メールのパスワードが盗まれ、結果ビットコインも全て失った人は、一切保証がないと聞いて呆然としていた。
2014年に最大手のビットコイン取引所だったMt. Goxは、4億ドルの投資額がセキュリティミスで消えた。その後最大手となったBitfinexも、顧客の資産を失い閉鎖された。 銀行が預金を「守る存在」よりも「失う存在」と思われる世界を想像してほしい。さながら中世のようだが、それがビットコインなのだ。
ちなみに、私が代表を務めているTrue Link社は、高齢者の金融詐欺対策のサービスを提供している。 高齢者は、クレカの番号を電話で伝えたり、怪しいギャンブルに手を出したり、怪しい団体に寄付したり、怪しい金融商品を買ったり、パスワードを盗むソフトをインストールしてしまいやすい人たちだ。つまり、最も現存の金融システムのセキュリティと保証に依存している高齢者たちは、匿名仮想通貨の「秘密鍵認証」「元に戻せない決済」といった特徴の最大の被害者なのだ。 もし起業家に「現存の金融システムの最大の被害者は誰か?」という問題意識があれば、匿名仮想通貨という答えは出ないだろう。
(4)政府に取引情報が公開されないことについて
また、政府の役目のひとつは、犯罪組織の資金源を断ち、クレカの番号や児童ポルノなど、違法な品の流通を止めることにある。 大多数の人は、モノ等の取り引きは個人情報を非公開でできるのが望ましいと考える。 だが同時に、捜査令状が発行されたら、取り引きの個人情報等は公開されるべきと考える。
君が金を払った人全員を政府は把握すべきか?→皆Noと言う 児童ポルノで捕まった奴のポルノの購入先全員を政府は把握すべきか?→皆Yesと言う。 ビットコインのお陰で違法商品の流通が100倍増えた世界は誰も望んでいない。仮に現金が存在してなくて、いま現金を発明したら、違法になっていただろう。
(5)小額決済(投げ銭など)の手法としてのブロックチェーンについて
次は、少額決済と銀行間の送金の話。ブロックチェーンを用いた仮想通貨に最も期待されていることである。 まず少額決済について。 ビットコインの送金は瞬時に無料でできると考えられているが、それは誤解だ。 ビットコインの設計上、送金には約8分かかり、手数料も約4セントかかる。
曲を聴くたびに2セント、記事を読むたびに4セントを払う等の少額決済が、ビットコインで可能になるかもしれない。 だが決済に8分かかるので、記事を読むのに8分待つ必要がある。 これを「担保となる資金源を指定すれば送金は遅れてもよい」と解決しようとすると、ビットコインのメリットがなくなる。もしあなたが曲に2セント、記事に4セントを喜んで払うのであれば、次に一度、聴いた曲と読んだ記事の分が口座から引き落とされるサービスがあれば良い。 実際、人々は少額決済よりも、継続課金サービスのほうが使いやすいと思うのだ。
(6)銀行間決済としてのブロックチェーンについて
銀行間の決済については、仮想通貨のRippleが有望視されている。 直近1ヶ月で、Rippleで20億ドル分の銀行間・個人間の取引が行われた。 これは、既存のSWIFT(銀行間の取引ネットワーク)のたった40秒分である。Rippleが使われだして3年経ったが、爪楊枝がアメリカのGDPに占める規模ほど小さい割合だ。
なぜ金融機関はRippleを採用したがらないのか? 実際のところ、既存の銀行間決済システムに比べ、Rippleの銀行間決済システムを導入して得られるメリットはさほど大きくないからだ。 だがデメリットは大きい。セキュリティでミスを犯した場合、一瞬で遥かに大きな損失を被ってしまう。
先程述べた、ビットコイン取引所でセキュリティ問題が頻発するのと同じ話だ。既存の金融システムが個人を不慮の事態から守ってくれるように、既存の銀行間送金システムも銀行を守る。 銀行は、それぞれ既に保有してる台帳を分散させる必要も、匿名化させる必要も、取引を元に戻せなくする必要もない
(7)スマートコントラクトの手法としてのブロックチェーンについて
次はスマートコントラクトについて。 スマートコントラクトとは、契約書ではなく、ソフトウェアに書き込まれた契約が、結ばれて履行されるというものです。 ブロックチェーンにその契約を書き込むことができるので、電子商取引の実行を互いの合意のもと自動化できるというものです。
理論上では、ソフトウェアとして書かれた契約は解釈するコストが低いはずです。そしてコードが白黒はっきりさせてくれるので、金のかかる訴訟合戦を防げるはず。だが実際はそう簡単にいかない。
最も大きな失敗例は、the DAOという投資ファンドの事例だ。ファンドのメンバーはそれぞれの秘密鍵を使って何に投資するか投票した。弁護士もおらず、運用手数料もなく、不透明な役員会もない。スマートコントラクトを用いて無駄がないファンドの運営を目指していた。しかし、ソフトウェアのバグのせいで、the DAOは全資金の1/3の$5千万ドルをとあるプログラマーが仕掛けた罠に投資し、金は盗まれた。 ハッキングだと主張した者もいたが、騙された方が悪いと言った者もいた。ソフトウェアに契約を任せる以上、ソフトウェアを理解しない者は参加すべきではなかったと。
最終的に、全員が手動で合意し、ソフトウェア内の契約内容を書き換え、金は持ち主に戻った。 ブロックチェーンを推進する立場の人々も、契約に用いるソフトウェアを完全自動運転させず、手動で契約の意図を確かめざるをえなかった。 本当に「スマート」なコントラクトが求められているのだろうか。
(8)定型的な銀行間送金のセキュリティ保全について(フィンテックとしての期待)
The DAOは極端な例かもしれない。大企業で毎日履行されている契約ではどうか? ブロックチェーンの投資家や起業家は、スマートコントラクトを使えば、契約が一瞬で履行され支払いも行われると主張する。 例えば保険金の請求をしたら、保険会社からの支払いが来るまで何ヶ月も待たなくてよいなどだ。
しかし、それは従来のソフトウェアを用いた課金システムで可能だ。弊社が利用しているAmazonのサーバーは、使用料に応じた代金の請求がすぐにくる。 契約内容自体がソフトウェアである(スマートコントラクト)必要はない。契約内容がソフトウェアによって実行される(Amazonの課金システム)ので十分だ。
Amazonの契約はスマートコントラクトではないが、契約を実行する課金システムは自動化されていて、ユーザー的にはそれで十分だ。 先の保険の話も、契約をスマートコントラクトにすれば支払いが早くなるという話ではない。支払いが遅いのは、保険会社のオペレーションが他の何らかの理由で遅いからだ。
(画像: ブロックチェーンが「1クリックで今すぐ買う」を今より高速にできるとでも?)
— Shu Uesugi (@chibicode) 2017年12月29日
結局、ブロックチェーン推進者も一般人も、みんな人間が分かる言語で契約内容を吟味したいのだ。ソフトウェアは、ただ契約内容を実行するだけでいい。
そしてその仕組みは、既にそこらじゅうで使われているのだ。 pic.twitter.com/EIw2nQp9t0
結局、ブロックチェーン推進者も一般人も、みんな人間が分かる言語で契約内容を吟味したいのだ。ソフトウェアは、ただ契約内容を実行するだけでいい。 そしてその仕組みは、既にそこらじゅうで使われているのだ。
(9)分散型ストレージとしてのブロックチェーンについて
次に、分散型のストレージ、コンピューティング、メッセージ交換について。 ブロックチェーンは分散型のストレージとして役立つというのも思い込みだ。 一見、良さそうに見える。ファイルをブロックに分け、暗号化して分散された台帳に記録すれば、安全にバックアップされ、変更履歴も追えるのでは?
しかし、ファイルを分割し、暗号化し、分散されたストレージに保存する方法は、ブロックチェーンよりもっと効率的な方法がたくさんある。 すでに分散型のドロップボックスのようなサービスもある。ファイルを分割して複数のユーザーのディスクに保存し、そのユーザーたちにはスペース代が支払われる。
ブロックチェーンを用いた分散型ファイルシステムには更に4つの問題がある。
①第一に、秘密鍵が流出するというセキュリティリスクがある。また2段階認証、ハッキング検知、ストレージ上限の設定、ファイアーウォール、利用IPの追跡、緊急事態にシステムを止める、などのセキュリティ対策もできない。
②次に、ブロックチェーンは安価ではない。 ドロップボックスに月に10ドル払えば1TBのデータを保存できるが、そのたった1/6のデータをビットコインのブロックチェーンに書き込むのに、10億ドルほどの電気代がかかる計算だ
③第三に、ブロックチェーンのデータ複製の仕組みはそこまで賢くない。 最後に、先のVisaの話と同じで、Dropbox/Box.com/Google/Microsoft/Apple/Amazon/その他が、既に満足いくストレージと、さらに重要な「付加価値」を提供している。アクセス許可、シェアの取り消し、ドキュメントの変更履歴などだ。
④ブロックチェーンを用いた分散型コンピューティングや匿名メッセージアプリでも同じことが言える。 ブロックチェーンの性質、すなわち永遠にデータが残り、全ノードにデータが複製されるのは、実際ユーザーが必要なシステムを構築するには余計な手間でしかない。今主流の分散技術の方が効率的なのだ。
(10)ICOについて
次に株式の発行について。 NASDAQ証券取引所が内部向けに、非公開株式をブロックチェーンで取引する仕組みを開始したときは、業界が期待した。だが、そもそもNASDAQの存在理由は、誰がどの株式を保有しているかを記録するためだ。既に台帳システムがあるのに、なぜブロックチェーンの台帳にしたのか?
NASDAQが未公開株取引の台帳にブロックチェーンを採用したとしても、NASDAQが中間業者であることは変わらない。 そしてNASDAQなどコンプライアンスやセキュリティに詳しい存在が間にいる取引所と、間に誰も存在しない、ブロックチェーンを用いた野放しの未公開株取引所では、リスクが天と地ほど違う。
もし間に誰もチェック機関が(政府すら)いない未公開株取引所を、ブロックチェーン上に作れば、監査やコンプライアンスなんてあったもんじゃなくなり、資金調達をした直後に雲隠れするような会社しか残らなくなる。未公開株の投資家なら口を揃えて、「手っ取り早く財産を失う仕組みだ」と言うだろう。もちろん、既にこの恐れは現実化している。新興企業はブロックチェーンをもとに株式のような仮想通貨を作り、それを公に売却して資金を得ている(ICO)。 言うまでもなく、IPOより遥かに安価で楽に資金調達できる。このICOバブルがどれだけ続くか興味深い。発行されたトークン(仮想通貨)が株式に交換できるのであれば有価証券扱いになるので、SEC(米国証券取引委員会)の規制が適用される。適用されなければ保証もないので、パスワードを盗まれて財産を失っても自己責任だし、会社が雲隠れしても泣き寝入りしかない。
(11)認証機能としてのブロックチェーン
最後の指摘になるが、ブロックチェーンには「認証機能」としての使い道も期待されている。 たとえば、ブロックチェーンにビットコイン売買の匿名記録を公開するのではなく、かわりに何らかの署名を残すのである。一度署名すれば変更できない。 ブロックチェーンを台帳ではなく、日記として使うのだ。
理論上は、この仕組みを選挙の投票に使ったり、ダイヤモンドやブランド品の出所を記録したり、本人認証をしたり、ドメイン名の所有権を突き止めたり、文書の署名を確認したり、特許分野で役立てたりできるはずである。
それぞれの点で、ブロックチェーンは実はそれほど役立たない。 投票の場合、「匿名で投票」でき、かつ「一人につき一票だけ」の決まりをブロックチェーンで守るのは仕組み上難しい。 従来の「投票先を書いた紙を、投票立会人がいる前で箱に入れる」という方法なら、両方とも容易にクリアできる。
文書の署名を確認するのでも、ブロックチェーンの秘密鍵に依存するのなら、PGPでも同じ話。 ブランド品やダイヤモンドの出所を確認するのでも、既に使われているような、ネットで確認可能な証明書をブランド企業や採掘者が発行すれば良いだけで、ブロックチェーンに公開するメリットは特にない。最後に、もしあなたが「日時Yの時点でXを知っていた」ということを匿名で記録したかったら、不可逆なブロックチェーンに書き込むまでもなく、Gmailで自分宛にメールを送ればいいだけの話。 そもそも、「日時Yの時点でXを知っていた」ということを証明するサービスの市場は、現在存在するのだろうか?
ドメイン名の所有権は? 誰がどのドメインを保有しているかを全てブロックチェーンで管理し、スマートコントラクトを使って、仮想通貨で支払いが行われたらドメインを自動発行するのはどうか。 だが、もし大きなサイトのドメインが盗まれたら、中央機関がないブロックチェーンでは元に戻せない。セキュリティの不備で、ハッカーがhttp://disney.comなどのドメインを取得し、しかもそれを元に戻せない世界を、企業は望んでいない。 信じ難いかもしれないが、ブロックチェーンは、なりすましや盗難を今までより「やりやすく」する技術である。ハッキングが頻発する現状を見れば明らかだ。
(12)まとめ
ブロックチェーンを使えばこんなことが、と夢を見るのは自由だ。ブロックチェーン洗濯機が、スマートコントラクトで自動で洗剤を注文するのも妄想なら楽しい。 だが、ブロックチェーンが代替するとされるものの多く、例えばブランド品のシリアル番号等は、多大な労力が割かれ、既に最適化されている。最終的には、既存のソフトウェアシステムと、それを補う人力のオペレーションと中央集約的なシステムが、一見非効率に見えながらも、ブロックチェーンの利点に勝り続けている。また、ブロックチェーンの不可逆性や、スマートコントラクトの自動運転は、一見無問題に見えても、実際は大いに問題がある。
ブロックチェーン愛好家は、「AからBに送金すること」「取引の記録を取ること」がさも難しいことのように語り、ブロックチェーンが救世主だと思っている。 しかし、送金や取引の記録は金融システムのなかの簡単な部分であり、残りの極めて複雑な部分に、本当の価値があるのだ。
多くのビットコインの起業家・投資家らと話したが、現状のシステムがどう機能しているかの知識が欠如してる人が多いし、皆そもそも学びたがらない。ユーザーの本当のニーズにも興味がない。誰も「クレカに比べ、マイルも使えなくなり、保証もなくなる決済方法は嫌ですか?」とユーザー調査していない。
ビットコインのプレーヤーは「IPOに大量の金がかかったり、ファンドの立ち上げに大量の書類が必要なのは、弁護士や会計士が手数料を取るだけで何もしていないからだ。天才エンジニアが何人かいれば数ヶ月で仕組みをひっくり返せる」と考えてるのかもしれない。今のところ、うまくいってないようだが。
追記部分
「まだ結論を出すのは早すぎる。インターネットも昔、鳴かず飛ばずだった」と反論される方へ。 私が言いたいのは、ブロックチェーンの「不可逆性、匿名性、中央機関の欠如」という「変えようのない特徴」を、顧客が望んでないということです。
仮に、ブロックチェーンによる匿名取引が主流で、Visaがまだない世界を想像してみて下さい。 ここでもしVisaを誰かが発明したら、「やった!これでもし取引で詐欺にあっても、Visaに請求すればお金は戻ってくる!」と喜ばれるのではないでしょうか。または、仮にスマートコントラクトしかない世界で、紙に書かれた契約書や訴訟を発明したら? 「やった!これで投資ファンドに資金を預けたとき、金を盗まれても訴訟すれば戻ってくる!」 仮にビットコインしかない世界で、銀行ができたら? 「やった!パスワードを盗まれても、財産はそのままだ!」仮にブロックチェーンでしか投票できない世界に、紙の投票箱が生まれれば、紙の投票箱のほうが明らかに優れたシステム(一人一票と匿名性を守れる)だと気づきます。 ドメイン名の登録でも同じこと。「やった!これでハッカーに我が大企業のドメイン名を盗まれても取り戻せる!」
結論。ほとんどの場合、必要とされているのはただの「台帳」で、ブロックチェーンのように、「分散型の匿名台帳」は、メリットよりデメリットのほうが大きいのだ。
個人的には、僕は彼の意見のなかで「これは技術的に将来解決できるのでは」と思えるものもある気がしました。他方で、ブロックチェーン愛好家の方々が主張されるユースケースの多くは、ユーザーが抱える悩みから出発したものではないと思います。米国のドットコムバブルのときも同様だったのでしょう。
— Shu Uesugi (@chibicode) 2017年12月29日
最低限理解しておいてほしいこと
基本的に、今ビットコインなどを煽っている人は、このあたりを全く理解していません。別に理解してなくちゃいけないとはいいませんが、
この手の人間は、批判をすると「自分たちはわかっている側で、批判をしているやつは分かってないやつだ」という顔をします。
安心してください。そいつら、絶対この記事に書いてる内容に反論できるような知識を持ってないから。わかってるふりしてるだけで、何も分かってないから。
「自分がわかってない」ということをわかってる人は、いざ不測の事態が起きても、自分の誤りを認められるでしょう。でも、彼らは「自分はわかってる」と思ってます。「実はわかってないのにわかってるとおもってる人間」は、何も分かってない人間よりもはるかに危険です。
いま煽ってる連中は、絶対に責任を取ってくれませんし、取ろうと思っても取れません。仮想通貨は上で書いているように、救済措置をとることが不可能なのです。そのことをよくよく理解してください。
「仮想通貨は、全てが自己責任です。株式投資の決まり文句の「投資は自己責任」ではなく、本当の意味での自己責任です」https://t.co/GqptZfXkFz
— Dan Kogai (@dankogai) 2017年8月25日
やるなら自分で興味を持ってちゃんと時間をとって調べてから。
そのつもりがない人間は絶対に手を出してはいけません。
逆に、自己責任で調べてやるひとを止めるつもりはありません。
是非がんばって、私に最高のシーンを見せて欲しい。
「金田一少年の事件簿」全話まとめて振り返り シーズン5(EP43~EP47)
とりあえず最新話まで追いついたぞおりゃー。
来年1月23日から新連載開始するから、なんとかちゃんと追いついた状態で読み始められる。
というわけでとりあえず全エピソードをチェックしたので、
新年開けたら、自分の中での上位10エピソードランキングくらい作ってみたいです。
エピソード名 | 犯人 | 動機 | 生死 | 高遠の関与 |
なぜ暖炉は燃えていたか | 花都千冬(38) | 遺産相続狙い | 生存 | ✕ |
EP43 人形島殺人事件 | 星坂花梨(27) | 姉家族の復讐 | 生存 | ✕ |
ソムリエ明智健悟の事件簿 | 羊山城(70) | ワインの復讐 | 生存 | ✕ |
EP44 黒霊ホテル殺人事件 | 志月豹馬(53) | 息子の復讐 | 生存 | ✕ |
EP45 白蛇蔵殺人事件 | 鷺森 弦(28) | 蔵を守るため | 生存 | ✕ |
EP46 聖恋島殺人事件 | 伊豆丸険(50) | 娘の復讐 | 生存 | ✕ |
EP47 金田一ニ三の誘拐 | 永倉新八 | 恋人の復讐 | 生存 | ◯ |
なぜ暖炉は燃えていたか
テーマは「遺産相続がいかに人を狂わせるか」
殺人者にも同情する余地は有るのだけれど被害者の子が良い人過ぎて、もうただただ悲しい。
短編ものは、ただ一人だけを頃すという目的に特化しているためか、トリックも良質なものが多い気がするよね。
EP43 人形島殺人事件★★★
テーマは「加害者家族」という存在について。あと「マスコミの報道姿勢について」
吸血桜と同じように「呪い」のようなものが実在するかのような演出は結構好き。この事件、事件前の積み重ねが結構複雑というか悲劇が連鎖している。
①12年前に弓月清吾という人間が交通事故を起こし、幼い女の子(まゆみ)を殺してしまう。②弓月はその賠償金支払いのために生活を失い、自暴自棄になってさらに借金のため強盗殺人を起こす。(被害者は田中の母親)
③弓月は獄中にて自殺。
④さらにその後、この事件の被害者が、事件をネタにした小説を書き、それが元でマスコミが加害者家族を追い込み、家族は一家心中する。家族が心中すると、マスコミは手のひらを返して今度は小説を書いた人間をバッシングする。小説家は断筆し行方をくらませる。
という展開になっている。
その結果、関係者全体に不幸が蔓延している状態になっていた。殺害動機は理不尽ではあるけれど、やむなしと思えるところもある。日本にも懺悔システムが必要かもしれない。罪悪感を抱いた人間がそれと向き合う方法がないよね……。
トリックもかなり面白く、被害者がやろうとしたトリックに犯人が便乗する形になっており、追跡は結構困難だよねこれ。
ソムリエ明智健悟の事件簿
ワイン好きの人たちのいけすかなさを皮肉めいた感じで表現しているエピソード(笑)
確かに殺されたやつは嫌われてしかるべきではあるけれど、それを見下し、あげく殺されても仕方ないとして受け入れてるワイン仲間の連中、ギャグテイストではあるけどホントに怖い。
しかも殺し方がかなりスレスレで、まぁほんとにワインネタヤリたかっただけなんだろうw
EP44 黒霊ホテル殺人事件 ★
テーマは「映画監督マンセー」
速水玲香登場回。短編だけど1つ目のトリックの難易度は相当高い。しかし2つとも、容疑を逃れるにはちょっと弱いと思う。トリック披露もそうだけど、やはりそこが焦点ではないのだろうなぁ
EP45 白蛇蔵殺人事件 ★★★★
テーマは「後継者争い」
この作品は「人狼」において「狼(殺人者)」意外に「妖狐」も存在するような形で、第三勢力が存在するのが非常に良く出来ている。狼(殺人者)は、村人(ターゲット)を頃すだけでは不十分。妖狐もまた村人(狼のターゲット)を消そうとしてたし、狼も必要があれば頃すつもりだった。この複数勢力が絡み合ってるシナリオはいままで無く、もっとこのあたりが積極的に絡んでくるようになったらさらに面白いストーリーができそうで期待してる。
以前のエピソードである「刀鍛冶」の家で起きた殺人事件でも同じようなことがあったけれどこちらのエピソードのほうがよりグレードアップしている。
あーそれにしてもこのエピソードに出てくる姫小路蒼葉ちゃん可愛すぎるんじゃー。もっと出て欲しい。
EP46 聖恋島殺人事件 ★★★
テーマは「人の命を軽く扱うやつは氏ね」
このエピソードは、人の命が軽く扱われ、記録にも残らず散っていた若者を弔い続ける一人のおばあさんと、人の命を軽く扱い、死に至らしめたにもかかわらず罪の意識を持たない非道な医師を殺害する犯人を対比させている。テーマ性が非常に強く、作者自身の意思も感じる。
今まで取材してきた医者の中には本当に素晴らしい人もたくさんいたよ。患者のために身を削って頑張ってる人とか。でも、あの連中は違ってた。おそらく似たようなことを繰り返してどこかで恨みを買ったんだ、あの連中は。そして、それを自覚もしていなかった。殺人の動機としては十分すぎるくらいだ
この事件の犯人はかなりまともで、ちゃんと最初は証拠を集めて告発するつもりだった。しかし、犯人に全く罪の意識がなく、むしろ自分の家族の無残な死に様を笑い話しとして語ったことにより殺害を決意させる。まぁこんなわかりやすい悪人はそうそういないと思うけどね。
この事件の犯人はそういう意味で、思慮深く、しかも忍耐強く殺人計画を立ててそれを実行している。しかしやはり、3つめの事件でボロを出しているのがもったいない。